高知ユナイテッドSCは「Jなし県」を悲願の舞台に導けるか? 「サッカー不毛の地」高知県に起きた大きな変化
REAL SPORTS / 2024年10月4日 2時57分
10日6日、来季のJ3昇格を懸けたJFLの天王山が行われる。直近10戦無敗の2位・栃木シティをホームで迎えるのは、今季開幕7連勝を達成した1位・高知ユナイテッドSC。これまで「Jなし県」「サッカー不毛の地」とも呼ばれてきた高知県において、高知ユナイテッドSCはいかにして全国リーグのJFLに辿り着き、今季首位の座までに上り詰めたのか?
(文・撮影=宇都宮徹壱)
4年ぶりに訪れた「Jなし県」高知の変化
高知県立春野総合運動公園陸上競技場は、ペーパードライバーの私にとって全国でも五指に入るくらい、アクセスの難易度が高いスタジアムである。
かつて、JFLの昇格を決める全国地域リーグ決勝大会(現・地域CL)の会場として訪れた時は、1時間間隔でバスが出ていた。ところが4年前の天皇杯で訪れた時には、人口減少の影響で路線そのものが廃止となってしまう。高知駅から春野までは、タクシーで30分ほどかかり、料金は片道4000円。爪に火を灯すようなフリーランスにとって、この金額はつらい。
4年ぶりに春野を訪れた理由。それは現在、JFLで首位を爆走し続けている、高知ユナイテッドSCのホームゲームを取材するためである。
現地を訪れた9月15日、第19節を終えた時点で高知は14勝2分け3敗の44ポイント。2位の栃木シティFC(以下、栃木C)とは10ポイント差を付けていた(ただし1試合少ない)。理由はのちほど述べるが、正直、この展開はまったく想像できなかった。
この日は、10位のFCティアモ枚方との対戦。元日本代表の二川孝広監督に率いられたチームは、個々の選手の技量が高く、高知が押し込まれる時間帯が続いた。38分にはPKを得て、小林心の右足で先制するも、枚方も57分にバジルのゴールで同点(こちらもPKだった)。結果として1-1のドローに終わり、裏の試合で勝利した栃木Cとの勝ち点差は8に縮まった。
「若いチームなので(昇格の)プレッシャーはゼロではないと感じています。今、僕が考えるべきは、選手のストロングをどれだけ引き出せるか。働きながらプレーしている選手ばかりなので、サッカーが大好きなのは間違いない。だったら、好きなことを思い切りやってほしいし、サッカーを楽しむことで彼らのポテンシャルを引き出せればと思います」
高知出身の46歳、チームを率いる吉本岳史監督の試合評である。今季、開幕から7連勝してスタートダッシュに成功したのは、チームの若さがポジティブに働いたからだろう。しかし、初のJFL優勝とJ3昇格が現実感を増す中、その重圧が選手の伸びやかなプレーを奪ってしまった感は否めない。
高知の好調の理由を求めて、春野まで訪れた私には、いささか肩透かしを食らったような試合内容。それでも4年前と比較して、いくつもの変化を目にすることができた。
まず、高知駅から春野まで、シャトルバスが出ていた(しかもJTB高知支店によるオペレーション)。次に、雨模様だったにもかかわらず、この日の入場者数は2233人だったこと(昨シーズンの平均入場者数は818人)。そして、かつては見られなかった、レプリカを着たサポーターの姿──。長らくJなし県だった高知は、今、大きく何かが変わろうとしている。
なぜ高知県は「サッカー不毛の地」だったのか?
高知は、巨大なJリーグ空白県である。総面積では47都道府県中18位だが、上位17位までは、いずれもJクラブが存在している。現在、Jクラブがない県は、高知、島根、三重、和歌山、福井、滋賀の6県。このうち、最も面積が大きい高知県は「日本最大のJリーグ空白県」ということになる。
一方で高知県は、鳥取と島根の両県に次いで人口が少なく、その数およそ65万人。人口密度が低い印象を受けるが、県民の半数が県庁所在地の高知市で暮らしている。理由はいくつか考えられるが、そのうちの一つが「平地が少ない」こと。昨年まで、高知のGMや監督を歴任してきた西村明宏は、以前のインタビューでこのように語っている。
「芝生のグランドで練習できるのは、週に2回くらいですかね。3回は難しい。そもそも芝といっても、野球場の外野芝を含めてですから(苦笑)。高知県は平地が少ないこともあって、サッカーができる環境が限られているのが現状です」
サッカーができる環境は限られている、もう一つの理由は「野球王国である」こと。明徳義塾や高知商業など、全国区の高校野球の強豪校を擁し、幾多のプロ野球選手を輩出してきた高知は、野球が盛んな四国の中でもとりわけ「野球王国」である。
もちろん、まったくの「サッカー不毛の地」というわけではない。山口智、吉村圭司、森田真吾など、高知県が輩出したJリーガーもいるにはいる。けれども、彼らはいずれもプロになるために、遅くとも高校時代には県外にプレーの場を求めている。Jリーガーや日本代表を目指す、高知のサッカー少年たちにとり、地元に残るという選択肢は基本的にあり得なかった。
そんな高知でも、サッカーを楽しむための社会人チームはいくつか存在していた。その一つが「南国高知FC」であり、2001年から05年までは四国リーグ5連覇を達成。2001年の地域決勝では、JFL昇格まであと一歩の3位まで上り詰めている。
2014年、Jリーグを目指すクラブとなるべく「アイゴッソ高知」となり、セレッソ大阪や京都サンガF.C.の監督経験がある西村を指揮官に招聘。同時期に元日本代表監督、岡田武史がオーナーとなったFC今治とは、四国リーグで熱い戦いを繰り広げるようになる。
そして2016年には、高知UトラスターFCと合併して「高知ユナイテッドSC」となると、今治が卒業した四国リーグで絶対王者として君臨。2019年の地域CLでは、いわきFCに次ぐ2位でJFL昇格を果たし、高知に初めて全国リーグを戦うサッカークラブが誕生した。
登録メンバー24人で開幕7連勝できた理由
JFL4年目、吉本監督体制2年目となる昨シーズンの高知は、初めてJFLで1桁順位(7位)を達成。また、この年の天皇杯では、J1勢のガンバ大阪と横浜FCに勝利してラウンド16に進出している。春野で8月2日に開催された、ベスト8を懸けた川崎フロンターレ戦には敗れたものの、スコアは0-1。この試合には、当時のクラブ史上最多となる7243人を記録した。
かくして、さらなる躍進が期待された今季の高知。ところが、今年のJFLのガイドブックを見て、思わず目を剥いた。高知の選手紹介のページがスカスカだったのだ。数えてみると、登録メンバーは22人しかいない(その後、開幕時に2人が加入して24人)。
なぜ、これほど絞り込んだ編成となったのか? 監督の吉本は語る。
「開幕時、24人しかいなかったのは、新社長から『今年はこの人数で』と言われたからです。予算が限られていただろうから、現場としてはそれでいくしかない。メンバーにケガ人が出たら、紅白戦はコーチとか僕が出る感じでしたね。この夏、レンタルを含めて新たに3人を獲得して、今は27人体制です」
「新社長」とは、選手寮の寮母として知られていた、山本志穂美である。本業は外車の販売業で、クラブの役員にも名を連ねていたが、クラブ経営についてはまったくの未経験。それまでの経営陣、そして10年にわたって現場を取り仕切ってきた西村もクラブを去っていた。「今年は高知、やばいんじゃないか?」というのが、開幕前の私の見立てだったのである。
ところが蓋を開けると、高知はスタートダッシュに成功する。春野にヴィアティン三重を迎えての開幕戦は3-0で勝利。以後、破竹の7連勝で勝ち点を一気に21に伸ばした。7連勝の中には「門番」Honda FCに2−1で勝利した試合もある。
「まず、今年はメンバーをほとんど変えなかったので、戦術的な方向性をブレずにできたのが大きかったと思います。昨シーズンは1試合で1点が精いっぱいだったのですが、今年は複数ゴールを決めることができて失点も減りました。僕が目指すサッカーは、13人から14人いるように見える守備。連続して互いにサポートしながら、状況に応じて変化していくサッカーができたのが大きかったと思います」
序盤戦の好調について、指揮官はこう解説する。新社長は開幕前から「今年こそJ3昇格」と目標を掲げていたが、現場はそれほどの確信はなかったと思われる。経営体制が大きく変わり、強化も制限される中で「失うものは何もない!」という開き直り。それに、若さと勢いが掛け合わさったことが、開幕7連勝の起爆剤になったのであろう。
ミスター高知が語る「このチームで再びJのピッチへ」
「ここ3試合勝ててないですが、試合の入り方は悪くなかったので、いい時間帯で点が取れれば違った結果になっていたと思います。(選手に)多少の気負いはあったかもしれないですが、勝てている時と今とでは、何かが違っているとは感じません。勝ち続けていた時も、どちらに転ぶかわからないゲーム内容で、粘り強く勝っていますから」
チーム最年長の35歳で、アイゴッソ時代からプレーしている唯一のベテラン、横竹翔は「ミスター高知」と呼ばれている。日曜日の枚方戦では出番がなかったものの、現在のチーム状況についての指摘は的確で、説得力が感じられる。
横竹は広島出身で、サンフレッチェ広島のジュニアからジュニアユース、ユースを経てトップに昇格した生え抜きであった。日本代表のアンダー代表にもたびたび招聘されていたが、Jリーガーとして広島でプレーしたのは5シーズンのみ。2013年から2シーズン、ガイナーレ鳥取でプレーし、2015年に高知にやってきた。
「当時は、まさか10年も高知で暮らしているとは思わなかったです」と苦笑する横竹。地元の女性と結婚し、今は7歳を頭に3人の子どもにも恵まれた。プレーヤーとしては、長年にわたり名実ともにチームの精神的支柱として活躍してきたが、今年はキャプテンを小林大智に、そして10番を佐々木敦河に譲って自らは22番を選択した。
「22番は僕がプロになった広島時代に付けていた番号です。10番は高知の未来を担う選手に譲って、僕はこの番号でもう一度Jリーグを目指したい。そして、高知ユナイテッドの一員として、再びJのピッチに立つことができれば最高ですよね」
春野での取材から2週間が経過し、その後の2試合を1勝1敗とした高知。これを追走する栃木Cは、10試合負け無しで4ポイント差に迫っている。
高知と栃木Cは、共に2025年のJ3ライセンスが無事に交付され、どちらも1試合平均2000人と入場料収入1000万円以上という条件もクリアに目処がついている。そんな両者は、10月6日に春野で激突する。
果たして、ストレートで昇格するのは高知か、それとも栃木Cか。J3昇格を懸けたJFLの熾烈な戦いは、いよいよクライマックスを迎える。
<了/文中敬称略>
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