なぜ日本女子卓球の躍進が止まらないのか? 若き新星が続出する背景と、世界を揺るがした用具の仕様変更
REAL SPORTS / 2024年11月8日 8時0分
伊藤美誠、平野美宇、早田ひなら“黄金世代”が長らく牽引してきた日本女子卓球界。さらにパリ五輪後は、張本美和を筆頭にさらに下の世代の選手たちの活躍も大きなニュースとなっている。ではなぜ卓球界には10代の若い新星が次々と誕生し、なぜ日本勢がこれほどまでに世界で存在感を示すことができるようになったのだろう?
(文=本島修司、写真=新華社/アフロ)
続々と若手が台頭する日本女子卓球の歴史
日本女子卓球の躍進が止まらない。記憶に新しいのはパリ五輪、早田ひな悲願のメダル獲得だろう。東京五輪ではリザーブだった彼女にとって、ケガのアクシデントも乗り越えた団体戦での銀メダル、シングルスでの銅メダル獲得は日本中に感動を届けた。しかし、これまでたくさんの苦労と栄誉を経験してきた彼女は、まだ24歳だ。
張本美和の大ブレイクも目立つ。パリ五輪後に行われたアジア選手権・女子団体では、ケガの影響も残る早田ひなを温存しながら、卓球大国の中国から張本が2ポイントを奪取。中国に勝って優勝を飾り、世界に衝撃を与えた。もはや日本のエースは早田一人ではなく、日本には早田と張本という2人のエースがいるという雰囲気が漂ってきた。彼女はまだ16歳だ。
早田と同期の伊藤美誠は2016年リオデジャネイロ五輪から、同じく同期の平野美宇は東京五輪からすでに活躍。いまでも世界ランキング上位に名を連ねている。
こうした、続々と若手が台頭する歴史になぞらえるかのように、10月に行われたWTTチャピオンズ・モンペリエでは、大藤沙月が張本美和を破って優勝を飾った。また日本から新しい若手が台頭したと、世界中を驚かせている。翌日には横井咲桜のWTTフィーダー・プリティシュナで優勝というニュースも届いた。
伊藤、平野、早田、張本。そして大藤に横井。他にもダブルスの「Wみゆう」としても知られる22歳の長﨑美柚と20歳の木原美悠ら世界と戦える逸材はここでは紹介しきれないほど。日本女子卓球は本当に選手層が厚い。そして彼女たちには、幼少期から頭角を現していたという共通点がある。
なぜ、これほどまでに日本の女子卓球は続々と新星が現れるのか。幼少期からの選手の育成環境の整備や選手自身の努力の賜物であることは大前提として、さらに、そこには卓球特有の「用具の事情」と、その「規定変更」が強い影響を与えた歴史がある。
「卓球は幼少期から」を定着させたメディアの影響力
多くのスポーツがそうであるように、幼少期から「どこまで詰め込み教育を行うか?」というのは大きな問題だろう。
なかでも卓球は、「プロレベルに達するには幼少期からやることが当たり前のスポーツ」と言われてきた。特に中国と日本ではその傾向がある。そして、中国と日本はやはり強くなり、国際大会の団体戦で決勝戦を争うことが多くなった。
中国はいうまでもなく最強の「卓球大国」。卓球選手を国民全体で育成するほどのイメージだ。では、日本はどうか。
日本では、福原愛が「天才卓球少女」としてテレビやマスコミで大きく取り上げられた1990年代頃から「卓球は幼少期から頑張るスポーツ」ということが浸透したように感じる。
2008年には国がバックアップするJOCエリートアカデミーが設立された。国際大会で活躍できるスポーツ選手を育成するための、中・高一貫教育ができる施設だ。この時に真っ先に生徒の募集を開始した2競技のうちの一つが「卓球」だった。ここでも卓球という競技がクローズアップされている。張本智和や平野美宇は、このエリートアカデミーの出身である。
中学1年生から卓球部で卓球を始めて、全国大会でバリバリ戦えるような才能を発揮する子もいる。だが、全国大会でトップクラスまでいけば幼少期から練習を積んだ子どもが圧倒的に多い。それが卓球という競技の現実だ。
こうした一連の流れは、幼少期から競技を始める傾向に拍車をかけた。まず、日本では「卓球は幼少期から」という現象が定着したこと。これが、次々と出てくる1つ目の理由だ。
卓球は日常動作とはほど遠い動きのスポーツ
また、卓球という競技において幼少期から取り組むメリットとして、「卓球は日常動作とはほど遠い動きのスポーツ」という点も絡んでくる。
例えば陸上競技では、高校生から競技生活を始めてオリンピック出場したり、メダル獲得まで上り詰めた選手もいる。一方で、卓球競技を高校生から始めても、オリンピック選手になってメダルを獲得するところまでいくことは、あまり現実的ではない。
「前傾姿勢で、体を回して振り、独特なフットワークも求められる。そして『チェスをしながら全力疾走するかのように』頭脳と体力を振り絞って試合を行う、メンタルスポーツ」
卓球とは、日常動作とまったく違う動きを必要とする競技だからだろう。
卓球の世界では「全国のトップクラスになるには、小学校から始めてももう遅い」と言われているほど。この現象を、良いか悪いかを別とするならば、5歳より前から競技生活を始めていることがまるで当然のようになってきている。
38mm→40mmへ、小さなボールを「大きく」した国際的な仕様変更
また、近年ジュニアなどの全国大会では、中学生が高校生に勝つことも珍しくない。では、卓球はなぜこれほどまでに小学生以下の年齢でも年上と対等に戦えるようになったのか。
どれだけ鍛えていても、10代前半の年齢の小・中学生と高校生〜大人では「筋力・パワー」という面では見劣りするはず。しかしそこには、卓球が幼少期から年上に勝てるようになった理由がある。
卓球の公式大会用のボールは、2000年まで38mmだった。とても小さくて軽いセルロイド製のボールだった。しかし、2000年に大きさの変更があり、国際大会を含む公式戦では40mmのボールが使われることになった。「ボールが2ミリ大きくなった」のだ。
重さも2.5gから2.7gへと重くなった。これは卓球の勢力図に大きな影響を与える仕様変更となった。スピードが落ちた。回転量も落ちた。全体的に「スピードとパワーを落とした卓球」になった。
力任せでのスピードが出ない。筋肉量任せでの強い回転もかけられない。つまり“パワーで捻じ伏せる”ようなプレーができない。そうなると当然「筋力がない選手」も対等に戦えることになる。
少し極端な言い方をすれば、2000年以降の卓球は「筋力によるスピードの違いで打ち抜く」ことや「筋力による回転量で圧倒する」ことより、「ラリーが根気強く続くほうが勝てる競技」に変わっていった。
賛否の声は別として、ボールの大きさの変更を決めた国際卓球連盟には、「ラリーが高速化してしまい続かなくなった。観衆も楽しめるように。ラリーが続くように」といった狙いがあったようだ。
このあたりから、幼少期の選手が年上の選手を倒すシーンが目に見えて増えていった。
素材をセルロイドからプラスチックへ変更
2012年のロンドン五輪後、もう一つ大きなボールの変化があった。素材がセルロイドからプラスチックに変わったのだ。これもまた、大きな仕様変更だった。
ボールの大きさでもスピードと回転量は落ちるが、プラスチックになったことで、より一層ボールのスピードと回転量は落ちた。
この変更の理由は、可燃性セルロイドでは不可だった「飛行機で運ぶ」ことができるようにするためなど、いくつかの理由が伝えられていたが、やはり国際的に「スピードと回転量を落とす」「ラリーの回数を増やす」という方向に動いていることを示唆していた。
これにより、一発で打ち抜く攻防よりも、さらにラリーが続く展開が増えた。
一般的に、男子はパワーとスピードの卓球、女子はピッチの速いラリーの卓球といわれてきた。もともとラリーが続きやすい女子卓球で、スピードが落ちたらどうなるか。
より一層、「パワー」より「ラリーがよく続く正確性と根気のよさ」が求められる。
こうした流れの中で、JOCエリートアカデミーの存在だけではなく、日本卓球協会が若い有望な選手を早くから海外遠征の経験を積ませる取り組みも功を奏してきた。すべての“流れ”が噛み合って「強い日本女子卓球」と「新星が続々登場する仕組み」が確立されてきたといえる。
続々と登場する、未知のなる才能
現在は、9歳でTリーグと契約を結びプロ選手となった松島美空も話題になっている。日本にはホープス・カブ・バンビの部(ホープスが小学6年生以下、カブが小学4年生以下、バンビが小学2年生以下)があり、幼少期から選手が切磋琢磨できる全国大会もある。松島に続く「次の天才少女」も、全国各地から登場してくるだろう。
「卓球は幼少期から」と、すでに定着している日本。「ボールの大きさの変化により、より一層パワー重視のスポーツではなくなり、物理的に幼少期から戦えてしまうスポーツ」である卓球。
この2つのファクターがしっかりと根づいた日本の卓球界。
まだ見ぬ才能や新星は、これからも続々と登場してくるはず。その時、トップクラスの選手層はさらに厚みを増すだろう。
ボールの仕様に合わせて、育成の仕組み、その流れ、選手側の意識までもが確立され、条件がすべて整ってきている。
日本の卓球は今もまだ強くなっている道の途中。2028年のロサンゼルス五輪、そしてその先の未来へ向けて。途方もないポテンシャルを秘めている。
<了>
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