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矢野顕子が語る、デビュー45周年のニューアルバム「このバンドだからこそ、生まれた作品」

Rolling Stone Japan / 2021年8月27日 18時15分

デビュー45周年を迎え、アルバム『音楽はおくりもの』を発表した矢野顕子

宇宙の魅力。誕生の真理。大きな愛。個人的な体験。多くの日本人に知られた歌物語。そしてコロナ禍を見つめる音楽家の視点。その全てが見事に調和し、ピュアな力強さとスタンダードナンバーのような懐かしさを兼ね備えたアルバム『音楽はおくりもの』は、デビュー45周年を迎えた矢野顕子が、小原礼(Ba)、佐橋佳幸(Gt)、林立夫(Dr)ら歴戦の猛者と素晴らしいグルーヴを奏でた傑作だ。

リリースに先駆け、矢野は本作についての下記のオフィシャルコメントを発表していた。以下にその全文を引用する。

「辞世の句というものがある。自分が世を去る前にあらかじめ用意しておくものもあるらしい。矢野顕子の場合、『音楽はおくりもの』はそういうものかもしれない。ポップソングを作り続けて何年経ったのかわからないが、こういうものが作れたこと、そして一緒に作り上げる仲間に恵まれて、わたしは幸せです。すっごく」

確かな手応えの背景と”おくりもの”の真意を語る矢野の言葉は改めてコロナ禍を生きる音楽リスナーに”音楽”の存在意義を問いかける。

ーー本作は矢野さんが小原さん、佐橋さん、林さんらと奏でたバンドサウンドですね。

3人とも自分が曲にどう貢献することが出来るかと最大限にアイデアを振り絞ってくれました。それが仕上がりにもしっかりと反映されていたのでアレンジ&プロデュースのクレジットは4人の連名にしました。

ーー矢野さんはニューヨーク在住です。今回のレコーディングはどのように進められましたか?

リモートでミーティングを重ねて、みんなが頭の中で曲について絵を描いてからスタジオに入って「せえの」で一緒に録りました。

ーーこのメンバーでは2018年の「さとがえるコンサート」からライブを共にしてきましたね。


その前からTIN PAN(※細野晴臣、林立夫、鈴木茂。2014、15年とツアーを共にした)とも演っていましたけど、今回の4人になってから、更に「そう、これよこれ!」とバンドサウンドの心地良さに気付かされました。「やっぱり楽しいなぁ」って。だから、このバンドのために曲を書いたら絶対に良いアルバムになると思った。もちろんコロナ禍で考えさせられた事も反映されています。仮に、もしも今がコロナ禍以前と変わらぬ世の中だったとして、それでもあの3人とは一緒に演っていたかもしれないけれど、アルバムの中身はまるっきり変わっていたでしょうね。


ーーコロナ禍に入ってからの日々はどのように過ごされていましたか?


自粛生活の最初の頃は、突然、「24時間、あなたの好きに使っていいのよ?」と言われて、「お前は有意義な時間を過ごせるのか?」と自分が試されているような気持ちでしたね。私だけじゃなく、みなさんそうだったんじゃないかしら。「今日は部屋を片付けるぞ」とか「今日は床を磨くぞ」と頑張って、達成感のあった日もあれば落ち込んでしまうくらいダメダメな日もあって。でも、人は決して生活のChores(雑事)のためだけに生きているわけじゃないでしょ? 人生って”やりたいこと”と”やるべきこと”と”やらねばならないこと”の3つを果たして、初めて本当の満足感を得られるものだと私は思っていて。

ーー確かにそうですね。


少し前、長年続いてきたキャバレーが閉店する模様を撮ったNHKのドキュメント番組を観たんだけど、そこでずっと歌ってきたお姉さんがいてね。コロナ禍もずっと練習を続けて、閉店の日にようやく歌えることになったそのかたが「100回練習するより一回の本番なの」と語る姿を観て「分かるわぁー!!」ってなりました(笑)。そこにお客さんがいるということは、演者にとって、生で聴いてもらう云々という以上に特別な力が働くものなんです。

ーーアルバム1曲目の「遠い星、光の旅。」をはじめ、今回は全10曲中4曲の歌詞を糸井重里さんが書いています。


「遠い星、光の旅。」は、かつて探査機カッシーニが撮った土星の環の下に映る青い点状の地球”Pale Blue Dot”について私が語ったツイート(※昨年9月21日)が糸井さんの琴線に触れたらしくて。彼は宇宙にさほど興味も無いし宇宙なんて死んでも行きたくないと思っているはずですが、これは書きたくて書いたという感じでしょうか。



ーー2018年のアルバム「ふたりぼっちで行こう」収録の「When Were In Space」(※矢野顕子&Reed and Caroline)もそうでしたが、矢野さんが宇宙愛を公言していると、周りの方から宇宙の曲が集まってくるのが面白いですね。

そうか。そうかもね(笑)。


ーー矢野さんはかねてから宇宙飛行士を目指すほどの宇宙好きでいらっしゃいますが、今年7月にはジェフ・ベイソス、リチャード・ブランソンらが相次いで商用向けの有人宇宙飛行を成功させました。ご覧になっていかがでしたか?

私はいいことだと思いました。今まで宇宙と無縁だった人の興味を掻き立てて空を見上げるようなきっかけにもなるでしょうし、もうちょっと運賃が下がれば将来的には誰でも宇宙に行けるようになるわけですから。ジェフ・ベイソスのほうの乗員には(※父親がチケットを落札した)18歳の少年もいれば(※かつて女性宇宙飛行士の先駆けを目指した)82歳の女性もいて、デモンストレーションとしてもよく練られていた。ただ一方で、商用宇宙飛行と宇宙飛行士が臨むような宇宙飛行が全く別物だということも分かってきました。プロの宇宙飛行士の凄さとアマチュアの境界線がはっきりした点でもよかったんじゃないでしょうか。音楽家だってプロとアマチュアでは奏でるという行為こそ同じでも立場は全く違いますから。

ーー同じく糸井さんが作詞を手掛けた2曲目「わたしがうまれる」には人の誕生とその誕生にまつわる周囲の存在が描かれています。シンプルな語彙で表記も全てひらがなです。毎回、糸井さんから届く歌詞は、その後、何らかの修正や調整を経て完成に至るのでしょうか?

基本的に彼は私からの注文で歌詞を書いているわけじゃなくて、彼が書きたいものを書いて、私に「ほいっ」と送ってくる。つまり、その時々に彼が感じたこと、書きたいことを自由に書いている。そして私は私で彼から届く歌詞をどう扱ってもいいことになっている。音に乗せ辛ければバッサリ切るのもどこかを繰り返し歌うのも自由。もうちょっと言葉が欲しいと思えば何行分かの追加をお願いする時もあるし、完成した曲について彼から否定的な感想が寄せられたこともない。ただ、今回の4曲で私の方で手を加えた歌詞はひとつもありませんでした。

ーー3曲目の「わたしのバス(Version 2)」は、1981年に村田有美さんへ提供した同名曲(アルバム「卑弥呼」収録)の出だしのみを用いたニューバージョンです。アンニュイな初出からはがらりと変わった頼もしい愛の歌です。

この出だしが大好きだったし、著作権的にもクリアでしたので。バスという乗り物自体も昔から好きなので、しっかり力強く走らせてやろうと。

ーー歪んだ音色のギターのリフも含めてバンドのアレンジもとてもいいですね。

そうですね。ロックのお手本みたいな。

ーー「魚肉ソーセージと人」は以前に奥田民生さんが魚肉ソーセージを生で食べていたのを見たことが曲のきっかけだったそうですが。

本当にびっくりしたんですよ。私は必ず火を通して食べるものだと思いこんでいたので。目の前で生肉をむしゃむしゃと食べている人に遭遇したような衝撃でした(笑)。

ーー「母も逃げ出したいことが いつか あったのだろうか」、「父も泣くしかない時が いつか あったのだろうか」という行が印象的です。


今回のバンドには両親とも亡くしている人が三人いるので余計に感慨が深くて。糸井さんに歌詞を送ったら「すごくいいね」と言ってくれて。「お互い、この年代になると書ける歌があるね」という話もしました。


ーー「愛を告げる小鳥」のミュージックビデオはニューヨークと日本を繋いでのリモートセッションによって構成されていました。

リモート環境は無いよりあったほうが便利ですが、生のセッションやコンサートとは全く別物だということもまたこのコロナ禍によく分かりました。

ーーこの曲の糸井さんの歌詞については?


彼の書く歌詞にはいわゆるラブソングが少ないのですが、こうした純愛というか、ただただ相手のことが好きで大切に思うという気持ちだけが書かれた曲もいいものだなぁと思いました。

ーー「津軽海峡・冬景色」はご一緒にライブもされる石川さゆりさんの代表曲ですが、このバンドの醍醐味が十二分に堪能出来るアグレッシブなアレンジがえらいことになっていますね。

そうね(笑)。コンサートで演奏してみたら全員のミュージシャン魂が燃えに燃えたのでレコーディングしました。彼らの演奏力の高さが明確に伝わるんじゃないかと。

ーーちなみにこのバージョンはすでにさゆりさんも耳にされていますね。

もちろん。元々は一緒にコンサートやった時、彼女からのリクエストでしたから。「どうなっても知らないぞぉ?」と思ったんだけど、まあ矢野顕子がやるからにはこうなりますよね(笑)。彼女は嬉しそうに拍手してくれていましたけど、本心は怖くて訊いてない(笑)。

ーー「大家さんと僕」は同名のテレビアニメの主題歌ですが「リラックマのわたし」「ISETAN-TAN-TAN」(共に2014年)のように”お題”から着想を得るソングライティングについては?

それこそ私は20代の頃から大量のCM音楽を作ってきたので、単に自分の仕事における一つの面白さだと思っています。やりたくなければ断ればいいだけだし、やりたいものだけを自由にやらせてもらえているので楽しいですよ。

ーー「なにそれ(NANISORE?)」のバンドサウンドは「津軽海峡・冬景色」と対極の味わいですが、やはり手練揃いだからこそのグルーヴで。

この演奏の肝は何と言ってもドラムです。やろうと思えばもっと大きなスケールで出来る曲ですが、今回は出来る限り4人でまとめたかったので。機会があったらホーンセクションなんかを入れて、もっと豪華なアレンジでもやってみたいですね。

ーー歌詞に「大貫妙子」や「キャロル・キング」といった矢野さんにとってのフェイバリットが登場する「音楽はおくりもの」は昨年の自粛生活期間のジョギング中に浮かんだそうですが。


12月のレコーディング直前のタイミングで最後に書き上げた曲でした。時々ミッドタウンに向かっていくコースか自由の女神が見えるバッテリー・パークを目指して行くコースをジョギングしているんですが、この曲はバッテリー・パーク行きのコースを走っている時に浮かびました。私はこれまで音楽そのものについて歌った曲というのは、おそらく書いたことがなかったはずです。長引くパンデミックの中、特にニューヨークはロックダウンもかなり長かったので、そこで改めて「やっぱり音楽ってすごいじゃん!」と気付かされたことも大きかったですね。

ーー”心燃やし 立ち上がる 気持ち”というサビもストレートで力強いですね。

私はあまり比喩的な表現が書けないので。赤ければ「赤い」としか書けないだけです。


ーーこの曲のコーラスはMISIAさんです。彼女の参加は今年3月のレコーディング中、矢野さんが「たぶん矢野顕子史上、最も歌を入れるのが難しかった」この曲を歌い終えて「いっそMISIAに歌ってもらえないだろうかと電話するところだった」とツイートしたところ、それが巡り巡ってMISIAさんまで辿り着き「私に出来ることがあれば」と連絡が来たことで実現したそうですね。

みんな「ええ!?」と思ったでしょうね。もちろん私が一番そう思いましたけど(笑)。

ーー個人的にはぎすぎすとした話題が多い昨今のTwitterで久々に「いい話だなぁ」と感じられました。

それはよかった(笑)。日本で仮歌を入れている最中も「MISIA来てくんないかな」、「ダメです」というやり取りをディレクターとしていたんです(笑)。難しい曲とは言え何であんなに手こずったのかよく分からないんですが、コンサートが出来なかったせいで思うように声が出なかったんです。それでつい「ああ、MISIAだったらきっとすいすいと歌えるんだろうなぁ」と思っちゃったんですよ。

ーーラストの「Nothing In Tow」からは過ぎゆく時の流れと来たるべき明日への眼差しが感じられます。

以前、ニューヨークから車で2時間ほどの郊外にスタジオを持っていたことがあって。自分で100マイルくらいの距離を運転して、山を二つ三つ越えていくのですが、途中、家族でバケーションハウス(別荘)に行く人達とすれ違うんです。彼らは車で大型のトレーラーを牽引(=Tow)していて、そこには子どもの自転車やボートが積んである。そして家族で夏を過ごし、秋が近づくと、また素の生活へと戻っていく。そんな季節の経過に思いを寄せました。
 
ーー最後に改めてこのアルバムへの思いを聞かせていただけますか。

このバンドだからこそ生まれ、このバンドでしか出来なかったアルバムです。彼らには感謝しかありません。バンド全員が同じ方向を見て、4人で一枚の絵を描けました。どこかが出過ぎたとか変な色合いも一切ない、稀有なアルバムになりました。だからオフィシャルコメントで”辞世の句”と言ってしまってもいいだろうと。



ーー自分の好きなアートやホビーが何をもたらしてくれるのか。それを改めて見直す機会にもなったこのコロナ禍において「音楽はおくりもの」は多くのリスナーに響く一枚だと思います。


例えば自分がどうしていいか分からない時、気分が晴れない時、たまたま流れてきた音楽にハッとさせられることがあるでしょう? それは最近の曲かもしれないし、昔の曲かもしれないけれど、音楽には私たちを鼓舞する力や勇気付けてくれる力、癒やしてくれる作用がある。”不要不急”なんて言葉は音楽に対する侮辱です。いま、コロナ禍以前よりも強く「音楽がなくちゃ」と思っている人々がたくさんいらっしゃるのではないでしょうか。私には本当に音楽があって良かったし、そんな力を持つ音楽というものを作る音楽家でいられることが本当に幸せです。

矢野顕子
東京都出身のシンガー・ソングライター。76年にデビュー。唯一無二の歌声と自由奔放なピアノ演奏で注目を浴び、81年にシングル「春咲小紅」がヒット。90年のニューヨーク移住後もコンスタントに作品を発表しながら、活動を積極的に展開。共演も多く、CM音楽参加など活動は多岐にわたる。8月25日にデビュー45周年を飾るオリジナルアルバム『音楽はおくりもの』をリリース。
https://www.akikoyano.com/

『音楽はおくりもの』矢野顕子
SPEEDSTAR 発売中
45周年記念限定盤(CD + Blu-ray)
VIZL-1833 / 7,480円(税込)
≪Blu-ray収録内容(※限定盤のみ)≫
昨年12月13日にNHKホールにて行われ
貴重なLIVEとなった「さとがえるコンサート2020」
をBlu-rayにて高画質で収録。

通常盤(CD / 紙ジャケ仕様)
VICL-65453 / 3,300円(税込)

レコード(1LP)
VIJL-60245 / 4,950円(税込)

矢野顕子 featuring 小原礼・佐橋佳幸・林立夫
『音楽はおくりもの』リリース記念ライブ
1st 5:00pm start / 2nd開演7:30pm start
2ndステージ生配信あり
配信日時:8月31日(火) 19:30 start
※アーカイブ配信視聴期間:9月3日(金)23:59pmまで

矢野顕子 "Solo Live"
1st 5:00pm start / 2nd 7:30pm start
9月4日 (土) 東京都 Blue Note TOKYO
1st 4:45pm start / 2nd 7:30pm start
9月6日 (月) 大阪府 Billboard Live Osaka
1st 3:30pm start / 2nd 6:30pm start
9月7日 (火) 大阪府 Billboard Live Osaka
1st 3:30pm start / 2nd 6:30pm start

矢野顕子 リサイタル -ピアノ弾き語り-
9月1日 (土) 岐阜県 ぎふ清流文化プラザ 長良川ホール
9月9日 (木) 東京都 浜離宮朝日ホール ※SOLD OUT

矢野顕子 さとがえるコンサート
~音楽はおくりもの~
12月7日(火) 神奈川県 関内ホール 大ホール
12月9日(木) 静岡県 グランシップ静岡 中ホール・大地
12月11日(土) 群馬県 高崎芸術劇場スタジオシアター
12月13日(月) 大阪府 サンケイホールブリーゼ
12月15日(水) 愛知県 Zepp Nagoya
12月18日(土) 東京都 東京国際フォーラム ホールC
12月19日(日) 東京都 東京国際フォーラム ホールC

Rolling Stone Japan Free Paper 矢野顕子Special Issue 配布開始


「Rolling Stone Japan Free Paper 矢野顕子Special Issue」が、以下蔦屋書店系列3店舗限定で配布中。
配布店舗:代官山 蔦屋書店、二子玉川 蔦屋家電、枚方 蔦屋書店
※枚方 蔦屋書店のみ、8/26以降に配布開始。
※数に限りがあり、無くなり次第配布終了。



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