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BREIMEN・高木祥太が児童精神科医・三木崇弘に聞く、人間の「凸凹」とADHDへの対処法

Rolling Stone Japan / 2024年3月23日 18時0分

左から、高木祥太、三木崇弘 Photo by hamaiba(GROUPN), Hair and Make-up by Riku Murata

BREIMEN・高木祥太が、肩書きや職業などの垣根を超えて今話を聞きたい人と対話する連載企画。今回のゲストは、児童精神科医の三木崇弘。三木は、山崎育三郎主演でドラマ化もされた、児童精神科医がテーマの漫画『リエゾン -こどものこころ診療所-』で監修を務める人物。普段は地元・姫路の病院に勤めているが、この日はBREIMENの仲間たちが集うホーム的な場所「山一」に来てくれた。

【画像を見る】『リエゾン -こどものこころ診療所-』より

「他の人が普通にできることができない」「もしかして自分はADHD(注意欠如・多動症)、もしくは他の発達障害があるのだろうか」。そう思ったとき、病院に行くべき? それらを治す薬はあるのか? そもそも「発達障害」(三木はそれを「凸凹」と表現する)と「苦手」「怠惰」の境界線はどこにある? 自分の子どもに発達障害の症状があったときはどうしたらいい? 高木と仲間たちから飛び交う質問に、三木先生は優しく答えてくれた。

※この記事は「Rolling Stone Japan vol.23」に掲載されたものです。



どんなバイトも続かない
高木祥太のこれまでの経験

高木 はじめまして。今回三木さんを呼んだのは……僕、めっちゃ漫画を読むんですけど、漫画って文章だけで読むより感情移入できるから、自分があまり触れることのない職業のものでも疑似体験に近い形で読めると思っていて。そういった漫画を読んでいる中に『リエゾン -こどものこころ診療所-』があって、それが児童精神科医を題材としたすごくいい漫画で。後書きに「監修をお願いしている先生に話を聞きましょう」というページがあって(第2巻)、「あ、三木さんという方がいるんだ」と思ってお呼びした次第です。

三木 ありがとうございます。

高木 『リエゾン』は漫画としても面白いし、俺のいろんな経験と結びつく瞬間が多くて。母親が一時期、発達障害とかがある子たちのいる施設で働いていたり、そもそもそういう資格を持っていたりして。僕もその施設の児童の前で演奏したり、脳性麻痺とかの障害がある高齢の方たちの自立支援のバイトをやっていた時期もありました。俺、本当にバイトが続かなかったんですけど、唯一長く続いたバイトがそれで。でも専門的な方とは会ったことがなかったので話を聞いてみたいなと思って。

ーなぜ障害のある方たちの自立支援のバイトだけは長く続いたんですか?

高木 「俺、なんでこんなに続かないんだろう?」ってくらい、本当に続かなくて。バイトにおいて自分のできなさが異常で。何回もクビになったことあるし。自立支援のバイトに関しては、障害者とかそういうことは関係なしに、1対1の関係だったからですかね。他のバイトだと集団の中でうまくいかなくて。めちゃくちゃ遅刻するし、めちゃくちゃ物を落とすし、全然仕事を覚えられないし。絶対に遅れるから家から1分のところでバイトしたこともあったけど、それでも何回も遅れるし。しかも最後の日に、ビールのグラスを冷やすガラス張りの大きい冷蔵庫にガンッて当たって、バリンッて割れて、そこまでは最後の日だからいい雰囲気だったのに一変して終わるみたいな。そういう感じでミスが多すぎて。

三木 1対1でも、その相手に障害があるかどうかはあんまり気にならないというか、そういう問題ではなかったわけですよね。

高木 そうですね。基本的にその人が送りたいその日の予定に帯同するのが役目で。中にはとりわけ仲良くなった人もいて、その人とは一緒に車で島まで出かけたり、中島みゆきのライブに行ったり。だから本当に「人一人と向き合うバイト」という感じでした。

子どもの凸凹
三木先生はどう判断する?

高木 三木さんの今のお仕事としては、「うちの子はもしかしたら……」みたいな親御さんと子どもが病院に来られるんですか?

三木 そうですね、幅広くいろんな子どもが来ます。行動に収拾がつかない子、暴れる子、非行の子、虐待の子とかが来るんですけど、発達の話でいうと「ものをなくしてしょうがない」「座っていられない」「妹を噛む」とか。その背景に発達障害があるのかないのかを診ていく感じですね。

高木 そこで(発達障害が)「ない」と診断することもあるんですか?

三木 あります。でもこれまたすごく難しくて。僕らの世界では「症候群」というんですけど、「こういう原因があるからこの病気」ではなくて「こういう症状があるからこの病気」というふうになるので、たとえば授業中にウロウロしてるのが「落ち着きがない」と見なされれば、原因が何であっても「症状」にカウントされる。ただそれがADHDなのか、勉強がわからないからなのか、はたまた虐待されてるからなのかは、もう一個深掘りして聞いてみないとわからないんですよね。症状が多彩な子は背景も多彩なことが多いので、正直わからないこともあるんです。

高木 なるほど、ピッて線で結びつくものではない。何でもそうですよね。人間の感情の表れって、そんなにシンプルじゃないというか。

三木 なので、探りながらですね。家族構成とか、離婚してどうなってるかとか、「妊娠中はどうでしたか」と生まれる前のことからライフヒストリーを聞き取りして、子どもと親を見ながら「この人はこんな感じかな」と見立てます。初回の聞き取りだけで全部を完成させるのは無理なので、ちょっとずつ聞き取りながら、とりあえず打てる手を打つ。2年くらい外来に来てて、「え、そんな話あったの?」というものが出てきて「じゃあ、やっぱりこっちかな」とかもあるんですよ。向こうが言いにくかったとか、そんなに大事な話だと思ってなかったとか。子どもが「みんなこんなもんだと思ってた」と言って、「いや、それ実はおかしいからね」みたいな話になることもあります。


『リエゾン -こどものこころ診療所-』第1巻。発達障害を抱える研修医の遠野志保に高木が共感したシーン

大人のADHDやASD
どう対処すればいい?

高木 脳性麻痺とかはレントゲンなりで確証があるのに対して、発達障害とかは線引きがすごく難しいじゃないですか。「線引きが必要なのか?」とも、そもそも僕は思うんですけど。僕はずっと、嫌味ではなく、うちの母親から「ADHDだ」って言われてて、それこそバイトとかで起きたことを総合するとめちゃくちゃそれだし。でもADHDの傾向があることに関して母親から非難されることはなかったし、ミュージシャンの業界もそこまで凸凹が矯正されない世界だから、そんなに自分に対してネガティブはないんです。ただ、たとえば会社に行ってる人で診断書がほしいってなったときとか、どうジャッジすればいいのかがすごく難しいと思うんですよね。

三木 生活上の不具合が出てくると、「診断名があった方がいいよね」という話にはなりますね。おっしゃったみたいに何かで確定的に決まるものではないので、「こういう症状があって、これがあって、困ってる」となると「診断かな」というふうになります。一番大事なのは、「困ってるか、困ってないか」。特性が強くても困ってない人は世の中にいっぱいいると思いますし。僕らの業界もよく「身内にいっぱいいるよね」みたいな話をするんですよ。

高木 あ、そうなんですね。

三木 こういうとあれなんですけど、医者も社会適応性が低くても職場にいられるかなとは思います。

高木 へー! それこそ『リエゾン』も、主人公(研修医・遠野志保)がADHDの子で。僕も「明日はこれがあるから荷物を用意しとこう」と思って、前日に入念にチェックして、次の日そのかばんをかけっぱなしで出る、みたいなことがあるんですよね(第1巻に出てくる主人公の行動)。ただ、困ってるか困ってないかでいうと、俺の場合は忘れてもなんとかなったりすることが多くて。たとえば会社に勤めていると、大事な書類を忘れて取り返しがつかないこととかはあるだろうなって。

三木 トータルで困るか困らないかみたいなところではあるので。「全部自分でやれよ」って言われるとしんどい人は多いと思いますし、「忘れたら困るからこういう準備しとこう」と自分で対策を打ったり、誰かに頼んだり。それができる環境なのかどうかによると思うんですけど、一般の職業だとなかなかそれが許してもらいにくいですよね、特に最近は。「あいつに渡しといたらあかんから預かっといて」って言うのは、昔だったらあったのかもしれないですけど、最近は「ちゃんとやってください、仕事なんだから」みたいになりますよね。

高木 ADHDって、○か×というよりは傾向と頻度のグラデーションというか。たとえばものすごく濃い人に比べたら、俺はもう少しマシなのかもしれないのかなと思ってて。そういう認識で合ってますか?

三木 はい、そうですね。何事も程度問題なので。その程度がひどいと困るのかというと、そうではなくて。すごく癖があるけど困ってない人もいれば、ちょっとしか癖がないけどまあまあ困ってる人もいる。

高木 それで結構思うのが、幸いなことに僕はそんなに困ってないんですけど、ADHDやASD(自閉スペクトラム症)とかも、「自分がそうなんですよね」と言うと意外と向かい風があるということで。「いや俺もそういうところ全然あるし」「そんな甘いこと言ってんじゃないよ」「もっとお前よりひどいやつがいる」みたいなことがあると思うんです。でもそこって本当は比べることじゃないというか。

三木 そう。とりあえず言うだけ言ったらいいと思います。あとは一人称と三人称のせめぎ合いの中で着地点が決まると思うので。でも最近は、とにかく正しく決めようとしたり、「お前はこの程度だから困ってはならない」みたいなふうになっていくので。そこは本人がしんどければ「しんどい」でいいと思うんですよね。

高木 その尺度は誰が決めるのか、という話ですもんね。すべてのことにおいてそうだけど。

三木 ただ周りも周りで思っていることがあるので、そこはやっぱすり合わせというか。「そうはいってももうちょっとやってくれないと困るんだよね」みたいな意見もあっていいと僕は思うんです。それは別に攻撃ではなくて。そこの落としどころを詰めていくためのコミュニケーションが今バサッと切られてる気がします。話が深まると「え、そんなに困ってたん? わからへんかったわ」みたいになって、相手の態度が変わることもあると思うんです。でも今はそれが「コスト」と思われたり、「どうせ言ってもわかってもらえない」とか「しつこく言われた」という受け止め方になっちゃったりするので。そこは深められるといいなと思いますね。


ADHDや発達障害に効く
薬はあるのか?

ーADHDや発達障害って、たとえば薬を飲むとか、手術をするとか、何か解決できる手段はあったりするものですか。

三木 あのですね、これを言うと製薬会社が喜ぶんですけど、薬はあるにはあるんです。ただ僕がよく言うのは、症状をコントロールする薬であって、その人を変える薬ではないと。だからやめると元に戻ります。たとえば教室をうろうろして授業中に友達にちょっかい出してる子には、「それはよくないよね」って噛んで含めるように言い続けたり、勉強がつまらないからうろうろしているんだとしたら「じゃあ勉強がわかるようにして座っていられるようにしよう」みたいにアプローチすることが正しいと思います。でも明日から座れるようになるわけではないので、1日経てば1日分「あいつウザいな」って周りから思われてその子の社会関係は悪くなるじゃないですか。周りからの関わりもネガティブになって、その子のコンディションを悪くするから、だったら薬を飲んででもちょっと落ち着いてもらって、そのあいだに経験を積んで成長してもらおうと。症状を抑えるのがメインの目的ではなくて、そうすることによってその子の成長の角度が上がるという想像ができるんだったら薬を飲もうよ、という話をよくします。でもそこは人によってまちまちで、薬をたくさん出す医者もいれば慎重な人もいるし、親御さんも「いや、薬は……」という人もいれば、「もうとにかく何でもいいから落ち着かせてくれ」という人もいます。そこはすり合わせながらという感じですかね。本人にとって長期的に意味があるんだったらまあ使えばいいかな、というくらいで思っておいてもらうといいかな。

ー根本的には生き方と環境をどう変えるかだと。

三木 そうですね。高木さんのお話だと、お母さんが「まあいいんじゃね?」というスタンスじゃないですか。だから自分も「いいんじゃね?」と思える自己肯定感が育った。そこで「あんたそんな忘れ物ばっかりして、何なん?」みたいに言われ続けると、発達特性がなくても、人ってそういうことを浴びて育つと歪むじゃないですか。それをどうするかですよね。大人がみんなそういうことに対して受容的かというと、今は大人も余裕がない人が多いですし。

高木 そうですよね。そういう意味では、そんなに自己否定をせずに済みました。しいて言えば、中学生のときにいじめられていたんですけど、そのときのことを思い出すと多分そういうところに原因があったのかなと思ってて。それこそ学校の先生に相談したときに、「でも君にも非があるよね」みたいな感じで「あ……」みたいになったりしたんです。ただ親がそんな感じだったから、そこまで自分の特性を否定せずに済んだんですよね。でも多分、それって稀な例な気がしていて。自分で自分の居場所を作るのって難しいじゃないですか。結局、そこに関わってくる話ですよね。

三木 そう。子どもって、発達特性あるなしに関係なく、まずは周りの大人と周りの社会から受容されて、許されて、「あ、自分はいていいんだ」と思って育っていくので。特性があっても「ま、あんたはそういう子やからな」というスタンスで見てもらえるとどうにかはなると思うんです。でもそれが今、許されにくいというか。電車でちょっとギャーって言ったら大人が睨むし、小学校で教室を出ようとしたら「大人が誰かついてないと」となって先生がわらわら迫ってくる。「あら元気ねえ」とか「あいつまた出ていきよったな」で終わらないから。


『リエゾン -こどものこころ診療所-』第2巻・巻末『監修・三木崇弘インタビュー「コロナ疲れへの処方箋」』より。右上の登場人物が三木崇弘

児童精神科にかかる子の数が増えている
その背景にある社会状況

ー少子化が進んでいるのに児童精神科にかかる子どもの数は増えていると、三木さんの著書『リエゾン -こどものこころ診療所- 凸凹のためのおとなのこころがまえ』にも書かれていましたよね。今の話もそうなのかもしれないですが、他にはどういった要因が考えられますか?

三木 僕は、発達障害は「炙り出し」の要素が強いと思っているので。それこそ音楽業界の方とか、昔の人のワイルドさって今の比ではないじゃないですか。

高木 そうですね(笑)。

三木 そういう人たちの中にたくさん混ざっていたと思うんですけど、「まあそういう人もいるよね」で済んでいたのが、今はやっぱり消毒されている社会というか。そこからちょっとはみ出すと「はい、おかしい」って言われるようになるから、ピックアップする数が増えていると思うんですよね。「まあ別にそういう人やからしゃあないんちゃう?」みたいに社会が許容できなくなっていて、逆に「よくないよね」という圧が強くなって、押し出されるように「問題」と言われることが増えているんでしょうね。子どもがたくさんいると「まあこの子はしょうがない」みたいになっていたと思うんですけど、親のエネルギーと社会のエネルギーが、少ない子どもにぎゅっといっていて、よりちゃんとしたことを求めにいくという構造になっているなとも思います。あとは、個人間の権利のせめぎ合いが強くなっているじゃないですか。迷惑かけられても「お互い様」って、みんなもう思えないというか。「私の権利を侵害してるんで、それはやめてください」みたいな。はみ出し合ったものが、お互いちょっとずつ譲り合うというふうにならない。最近中高大学生の話を聞いてると、とにかく「気まずい」と「自分が迷惑なんじゃないか」っていう、この2つがめちゃくちゃ出てくるんです。

高木 へえ。

三木 人の権利を侵害してはならないという圧を感じながら今まで生きてきたんだろうなと。

高木 俺のときもその予兆はあったけど、結局社会情勢ともリンクしてると思うから、その雰囲気って5年10年とかで変わるんでしょうね。俺らくらいから「空気を読む」みたいな言葉が生まれた気がします。「KY」とかが流行ってて、あれはちょっときつかったですね。

三木 どうやったらいいか誰も教えてくれないけどラインを超えるとアウトって言われる、みたいな恐ろしさがありますよね。

高木 どこがラインかもわからないけど、みたいな。

三木 そうなんですよ。「50回くらいまではオッケー」とかにしてくれたらいいんですけどね。

ー大人の仕事でも感じますもんね。9いいことやっても、1ミスったら「はいダメ」ってされる空気。

高木 Rolling Stoneですか?(笑)

ーいやいや(笑)。この連載のチームは本当にそれがなくて。すごく許してくれる感がある。

高木 うちらの話をすると、俺、かなりいろんなことを許すんです。でもそれは結局、自分が許してほしいことの裏返しで。俺自身が許してほしいことがすごくあるし、だから別に「許してる」という意識もそんなにないんですよね。「誰かができないなら他の誰かがやれたらいいよね」みたいに、とにかく足し引きをうまく組み合わせることを、ざっくりした雰囲気でやれてるから楽しくやらせていただいていて。他のバンドとかを見てると、うちらはよく言えば優しいし、悪く言えばだらしないレベルだと思うんですけど(笑)。だからこの認識がちょっときついなってなる人もいるとは思う。結局、似た者同士で成立してるところもあると思うんですよね。このチームに限らず、生きていると「類は友を呼ぶ」じゃないけど、この家もこの雑多さに落ち着ける人が集まってくるし。結局自分の生きやすさを求めて人間関係は形成されていくから、自分の中では線を引いちゃってるのかなみたいな悩みにも最近気づいてきて。

三木 でもそれ、僕はすごくいいと思うんですよ。自分の居心地のいい環境を自分で作ることを実行されているわけで。ある程度許容する代わりに自分を許してほしいと思ってる人が、結果的に集まっている。そうじゃない人を排除してるわけではなくて、ただ自分が居心地いいからいるっていうだけなので。僕もちょっと潔癖に思うときはあるんですよ。「人に優しく」って言いながら「俺、全然優しくなくない?」みたいに思うこともあるんですけど、でもそれを言い出すと収拾がつかなくなるし、まずは自分が心地いいと思うものがどういうものかをなんとなく考えたり感じたりする中で、結果そういう仲間が集まったのであればそれはそれでええやんって。最初の「俺が許してほしいから」がわからない、あるいは言えない人が多いなと思います。その要求も大事だと思ってて。そう言われた方が、自分も許してって言いやすいじゃないですか。優しくしてほしいから優しくするっていう。

高木 多分、本当はみんなそう思ってるはずですよね。


左から、高木祥太、三木崇弘 Photo by hamaiba(GROUPN), Hair and Make-up by Riku Murata



BREIMENチームから
リアルな相談

ハナダ(『赤裸々SESSIOONe』映像担当) ちょっと気になることがあるんですけど……。

ーぜひ!

ハナダ 僕、社会が生きづらいなと思ってて。診断されてはないんですけど。怖くて診断に行けないんです。自覚しているのは、多動性、ADHD、あと多分吃音も持ってる気がしてて。全部がリンクしてどんどん落ちていくんですよ。ADHDで忘れ物が多くて、多動で、「ああ……」ってなって、自信がないとどもって。全部が負のスパイラルみたいになるのが大学時代から明確に出始めていて……どう治していったらいいのかなって。薬があると聞いてちょっと興味あるんですけど、飲んでも治るわけではないということですよね。

三木 薬の種類によるんですけど、結局毎日飲むということは飲んでる状態が標準になるから、最初は「飲むと調子いい」だったのが「薬がないと調子悪い」になるんですよ。根本的には「俺、こんなんやけど、別によくね?」というところに着地できる方が健康的だとは思うんですけどね。

ハナダ 自分が掲げている理想の自分と、現実のできない自分とのギャップもめっちゃくちゃあったり。

高木 その現実を俺らは受け入れてるけど、たとえ受け入れる人がいたとしても、自分が掲げる理想が違うから自分的に許せないということだよね。

ハナダ そうですね。それもあるし、認めてくれる世界は意外と狭くて。その世界を出たら自分が掲げる理想を求められる場合もあって。実際に他人から「ダメだ」っていうのがあったり。

三木 そういう世界とは距離を取ってしまってもいいんじゃないかなと思うんですけどね。

高木 距離を取りつつ、俺が思うのは、作品でねじ伏せる。そこが唯一クリエイティブ業界で希望を持てるし甘えられるなと思うところなんだけど。俺は作品至上主義、出音至上主義だから。

三木 まさにそうですよね。1本ホームラン打てれば勝ちみたいな感覚になっちゃえばいいとは思います。

ハナダ 山一に来てる人たちは認められてるから救われてる部分もあると思うんですけど、救われていない人たちもいると思ってて。

ー得意なものも居場所も見つかってない人、ですよね。

ハナダ そういう人はどういう判断基準で病院に行ったらいいですか? もしこれを見てる人で悩んでる人がいたとしたら、何かアドバイスはありますか?

三木 受診の基準は、しんどかったらかなと思います。自分がすっごくつらいと思ったら一回行っていいと思うんですよ。それがクリニックとか病院である必要はなくて、いわゆるカウンセリングみたいなところでもいいし、もっというと友達とかでもいいと思うんです。「俺、最近めっちゃつらくて」とか言いながらしゃべると、自分の思ってることもちょっと整理できたりするしデトックスにもなるし。

高木 そういう人たちって、病院へ行ったときに「いや、あなたは精神疾患や発達障害ではありませんよ」って突き放される恐怖みたいのもあると思うんです。そうなると、それまで周りから言われていたみたいに「頑張りが足りなかった」になっちゃうという恐怖があるから。「別に何も問題ありませんよ」という診断をするときもあるんですか?

三木 あります。専門家の立場として「あなたはつらいから鬱でいいです」とは言えないじゃないですか。ただ病名がつくことと、本人がつらいということは、必ずしもイコールではないので。そうなると、ヘルプを求める先として医療機関が適切ではなかったのかなっていう。楽になるなら何だってよくて、医療機関はそのための1つの選択肢でしかないんですよね。病名をもらえたら許されるものでもないですし、逆に病名がつかないから何もないわけでもないですからね。

高木 なるほど。でも自分が知ってる情報は限られているから、診断を受けることによって「あ、これはそれが原因じゃなかったんだ」みたいなに気づけるのは利点ですよね。

hamaiba(『赤裸々SESSIOONe』の映像やBREIMENのMVを手掛ける映像監督) 友達が適応障害になっちゃったときに、本当に自分がだらしなかったのか、それとも会社の上司がきつかったのか、そこで揺れていた気がして。その人自身の「ハンデ」と「怠惰」の線引きって難しいなと思うんですけど、それはどういうふうに考えてますか?

三木 僕は、苦手なことはしょうがないなって思ってますね。それも結局グラデーションの話で、どこから「障害」と呼ぶのかはあまり明確に言えないから。「苦手やし嫌いやからしゃあないやん」「その代わりにこれやるからさ」みたいなことが自分の中にあるといいんですけどね。あんまり開き直ると感じが悪いので、1割くらいは「ごめんね」という気持ちを持っておくのは大事だと思うんですけど、9割方は「もうしゃあないよな、だってできへんもん」みたいな感じでいいんじゃないかな。世の中にはいろんな人がいるから、自分は超絶苦手なことが大好きな人もいるんですよ。「怠惰」も得意・不得意の中ですよ。気合いで勤勉にはなれないし、嫌いなものをコツコツやるのも特殊能力だと思います。好きなことには怠惰にならないじゃないですか。怠惰になるということは、きっと何か嫌な原因があるので、そういう諦め方でもいいんじゃないかなとは思うんですけどね。

高木 多分全員、グラデーションとか程度の深さは違えど凸凹はあって。それがうまくハマってピースになればいいよね。今話してることは、日本社会が抱える問題だから……どうしたらいいんだろうね。この企画をやってるからこうやって発信してるけど、俺が実働でできることも限られてるし、近しい人たちで手一杯だから。その中で不特定多数を相手にされている三木さんはすごいなと思います。

三木 僕はリアルな人にしかアプローチできないですけど、音楽は影響力がべらぼうにでかいじゃないですか。死にたい夜を音楽を聴いてやり過ごす子もいる。めちゃくちゃいろんな子に届いてると思うんです。個人ができることは24時間の範囲内でしかないけど、生み出したものが増幅されて飛んでいくってすごいことですよね。

高木 確かにすごいことですよね。まとめてくださってありがとうございます(笑)。楽しかったです、ありがとうございました!


左から、高木祥太、三木崇弘 Photo by hamaiba(GROUPN), Hair and Make-up by Riku Murata



『AVEANTIN』
BREIMEN
ソニー・ミュージックレーベルズ
4月3日(水)発売

BREIMEN MAJOR 1st ONEMAN TOUR「AVEANTING」
4月19日 (金) 東京 人見記念講堂
4月26日 (金) 札幌 sound lab mole
5月10日 (金) 仙台 Rensa
5月18日 (土) 大阪 なんばHatch
5月24日 (金) 金沢 AZ
5月31日 (金) 福岡 BEAT STATION
6月1日 (土) 広島 LIVE VANQUISH
6月7日 (金) 名古屋 ボトムライン

BREIMEN
常軌を逸した演奏とジャンルにとらわれないスタイルで注目を浴びる、5人組オルタナティブファンクバンド。バンドを軸としながらも各々が有名アーティストのサポートを行い、その確かな演奏技術と、セッションからなるジャンルに拘らない型破りのサウンドセンスで熱烈なファンを獲得している。岡野昭仁×井口理「MELODY(prod.by BREIMEN)」では高木祥太(Vo, Ba)が作詞・作曲、BREIMENメンバーが編曲・演奏に参加。2023年10月、アメリカ・ロサンゼルス州・エンゼルスタジアム前にてメジャー移籍を発表。

三木崇弘
1981年、兵庫県姫路市生まれ。2008年、愛媛大学医学部卒業。その後、愛媛県内の病院で小児科後期研修を修了。国立成育医療研究センターこころの診療部でフェロー・医員として6年間勤務した後、フリーランスの児童精神科医となり、公立小中学校、児童相談所、児童養護施設、保健所などで臨床経験を積む。『モーニング』にて連載中の『リエゾン -こどものこころ診療所-』では監修を務めている。2019年、東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科博士課程修了。2022年、早稲田大学大学院経営管理研究科修士課程修了。現在は勤務医として地元・姫路市の病院に勤めながら、地域の子育て力アップのためのネットワーク作りに勤しんでいる。


『リエゾン
-こどものこころ診療所- 凸凹のためのおとなの
こころがまえ』
三木崇弘
講談社
発売中


『リエゾン
-こどものこころ診療所-』
ヨンチャン(原作・漫画)
竹村優作(原作)
講談社
最新16巻発売中

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