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「話、盛ってるやん!」人気バラエティ番組で展開された西成高校への「偏見と差別」に生徒たちが憤慨した理由

集英社オンライン / 2023年2月27日 8時1分

大阪府立西成高校。「西成」という、差別や貧困など社会問題が凝縮される場所にある同校で2007年、全国のどこにもないオリジナルな授業がスタートした。それは「反貧困学習」だ。その目的はただ一つ、「貧困の連鎖を断つ」こと。その後、数年間途絶えていた「反貧困学習」が再開されると聞き、2022年5月より同校にて取材を開始した。

中学校の先生自身が「西成高校」に対して差別発言!

2022年10月13日、久しぶりの登場に生徒たちの何人かが、顔を見て恥ずかしそうに微笑んでくれる。

今回訪ねたのは、西成学習3回目の授業だ。



「西成」とは、大阪市西成区の北西部のことを指す。大阪市西成区には「日本最大の都市部落」と言われる被差別部落があり、隣接して日本最大の日雇い労働者の街・釜ヶ崎(あいりん地区)がある。

戦前、1923年に済州島と大阪の間に直行便が就航されて以降、多くの朝鮮人が大阪に渡航、西成区に暮らし始めたことで、在日コリアンの人たちも多く居住する。

それぞれに困難な課題を抱える人たちが暮らすこの土地は、部落差別、民族差別、寄せ場の日雇い労働者差別など、さまざまな差別と偏見が凝縮された場所でもある。

2学期の始めに製靴産業と部落差別について学んだ生徒たちは、被差別部落出身の高齢者には、家が貧しく小学校にもいけなかったため読み書きに困難を抱える人もいることを知った。

こうした被差別部落の差別問題とそこに生きる人々についての学習に続き、今回は、「西成差別」がテーマだ。それは生徒たちが当事者となる授業でもあった。

西成高校は、西成区唯一の全日制普通科高校だ。「西成」という<レッテル>を背負う生徒たちは、世間のどんな視線に晒されているのだろう。

ポンポンと軽やかで明るい口調の担任、中村優里(27)がプリントを配る。反貧困学習は毎回、前回の授業を振り返った後に、今回のテーマに入るという構成になっている。

1年5組のホームルーム風景。この日は席替えを。担任の中村優里が明るくテキパキと生徒たちと話し合って行く

前回は、60歳から識字教室に通った被差別部落出身の女性が、銀行でお金を引き出すのに、文字が書けないばかりに引き出せなかった悔しさを自分の文字で綴った作文を読んだ。その女性は家が貧しくて小学校に行けず、家の手伝いをしてきたので読み書きができなかった。

毎回、生徒たちには感想を書く時間がたっぷり用意されているが、この授業でのテーマは、「悔しかったこと」。中村が読み上げて行く。

「自分の努力が社会に認められないことが悔しいのはわかります。私は今でも書けない漢字が多く、(でも)他の人たちには書ける。自分にとっての普通と、相手にとっての普通が違うと思うのは悲しいと思います」

作文を書いた被差別部落出身の女性と、同じような思いを抱えている生徒がいた。

「あのなー」と中村が、明るく問いかける。

「今、廊下にいる肥下先生にも悔しいこと、あってんて。読むよー。15年前に中学校の先生たちに西成高校のアンケートをやったら、『西成高校は不良の集まり。先生も全員、入れ替えろ!』という回答があったって」

男子生徒が一言、「クソや!」。

肥下彰男(63)は2007年、西成高校で「反貧困学習」を始めた教員だ。今年度から始まった“バージョン2”の教材も、全て肥下の手によっている。

<反貧困学習>を主導する、肥下彰男。学習の目的は「社会への批判を持った主体を育てる」こと。大学生の時に訪ねたバングラデシュでの識字教育が、自分達の生活をどうして行くかを話し合う手法で行われていたことにヒントを得た

廊下にいた肥下が教室に入ってきて、“その後”を話す。

「ひどいやろ。当時だって真面目な生徒はたくさんいたし、先生たちも頑張っていた。だから、『書いた先生を出せ、喋らせろ』って中学校の校長に言いに行った。なのに、その先生を出さへんかった」

女子生徒が「ひげちゃーん」と、うれしそうに肥下を見ている。

「ひどいよなあ」という肥下の言葉に、みんながうなづく。

「中学校の先生や。大人が、書いてんねん」

男子生徒が声を上げる。

「ほんま、そっちのレベルの方がひどいやん」

『アメトーーク!』で展開された西成高校への偏見と差別

「じゃあ、今日の動画、観るよー」と中村の声かけで、教室のカーテンが閉められる。

2019年2月14日放送の「アメトーーク!〜高校中退芸人〜」。ここに、西成高校を中退した女性芸人が登場した。

「行ってたところが、西成高校で……」

「ヤンチャな子が多くて、机と椅子が鉄パイプでくっついていて」

この発言の後、テレビ画面には机と椅子が金属で固定されているイメージ図が映る。

「窓ガラスも破られんように、プラスチックのゴムになっていて」

「トイレットペーパーも盗まれるから、職員室に取りに行かないと」

「9クラスあったけど、卒業時は5クラスに」

語られるエピソードごとにイメージ図が入り、「不良生徒の対策」などのテロップが付く。

MCの宮迫がさっと分け入る。

「大阪の人はわかるけど、西成は、僕らの学生の頃にそっち方面は行かんとこうって、みんなで言うてましたね」

千鳥・大悟も便乗する。

「道歩いていた時、道できれいな10円を12円で売っていたおっさん、おったよ」

動画が終わり、教室が明るくなるや、女子生徒が声を上げる。

「西成だけやん、高校名、出してんの」

中村が問いかける。

「本当にそうやね。どう思う? 知らない人がこれ、見たら?」

「行きたくない」と男子。「誤解される」との声も。

中村がエピソード一つ一つに踏み込んでいく。

「机と椅子がくっついていたって、どう思う? やばいと思うよね。でもこれは当時の大阪府の高校、全部、そうだった。西成だけみたいな言い方やよね」

当時、“荒れる高校”に悩まされた府教委の苦肉の策だったのか。

「窓が全部、プラスチックのゴムのわけないやん。補強するために、一部はそうなっていたかもしれないけど」

「話、盛ってるやん」と生徒。

トイレットペーパーも職員室で管理していたのは盗まれるためではなく、悪戯防止のため。卒業時に4クラスも消滅するなんてあり得ない。テレビで披露されたエピソードの一つ一つがいかに事実と違うのかを丁寧に説明する。そして、中村は問いかける。

「大阪の人はわかってるけど、そっち方面に行かんことってどう?」

「なんで、西成だけ出すんやろ」と男子の声をきっかけに、教室から声が上がる。

「全部、めっちゃ、話、盛ってんとちゃうか」

「名誉毀損やな」

憤りなのか、悔しさなのか、重い空気を肌に感じる。中村がさらに問う。

「みんな、西成やからっていう経験ない?」

すぐに複数から声が上がる。女子生徒が話し出す。

「ある。道頓堀のグリコ下でタムロしてた時、制服着てたから、『うわっ、西成や』って」

「それで、どうしたん?」

「無視。大人の対応した。けど、あれ、すごいやばかったよね」

この日、生徒たちが書いた感想は一様に、テレビ番組への批判と悔しさに満ちていた。

「西成高校は今、こんなに成長しているのに、こうやってバカにされると、僕は今、気分がとても悪いです。今まで僕も友達に、西成高校って言っただけでバカにされたことはいっぱいあります。でも、自分は西成高校がよかったから別にいいです。テレビ番組に一言、言いたいです。今の西成、見ろ!」

「西成高校ってワードだけで、あることないことを地上波で流したり、西成高校の人だから、西成に住んでいるからとか、ほんま、要らんと思う。制服で遊んでて、『うわっ、西成や』って言われた」

「私は生まれてからずっと西成に住んでいて、高校を聞かれて『あー……』と、とても嫌そうな顔をされることもありました。確かに西成には酔っ払って大声を出す人もいたりするけれど、人としてとても良い人が多いし、何かあった時に守ってくれる人情にあふれた楽しくてあたたかなところなので、こんな言い方をされるのは気分が悪くなりました」

多かれ少なかれ、生徒たちが理不尽な視線を浴びている日常が、感想から浮き彫りになって行く。西成や西成高校についてよく知らない人たちが勝手な決めつけと偏見で、平気で差別的言辞を高校生に投げつける。動画を見たことによって、愚弄や揶揄の対象とされていた悔しさを生徒たちはどんどん発信して行く。

差別を隠す、オブラートにくるみ見えないようにと「配慮」をする学校もあるかもしれない。あるいは上から「これは差別だ!」と、不当さを教え込む教育現場もあるかもしれない。

西成高校はどちらにも与しない。敢えて番組を見せることで、この社会に厳然とある「西成差別」を直視させる。その上で、当事者である生徒たちの心に何が生まれるのか。その怒りや悔しさは真っ当なものであることを、生徒たちは学ぶ。

「差別をする方がおかしいやろ」

自分達を取り囲む社会の問題に、「主体的に」気づいていくことが反貧困学習の大きな目的だとしたら、1年5組の生徒たちはまさに、そうした主体になっていた。

一方、教員たちは吐露された一人一人の言葉から生徒の現実を知り、寄り添って行こうとする。これが西成高校の「反貧困学習」なのだ。

野宿者生活の実態を知ってイメージが激変

「西成差別」の次のテーマは、「野宿者」だ。釜ヶ崎といえば、路上生活者をイメージする人も多い。彼らもまた、「汚い」「脱落者」と社会から差別される存在だ。

11月24日の授業は1年生全員が視聴覚室に集合し、釜ヶ崎周辺で野宿者の支援をしている「野宿者ネットワーク」の生田武志と、西成公園で16年間、野宿をしていた坂本寛の話を聞く時間となった。

肥下はここでも敢えて生身の人間を通して、貧困の究極として野宿者のありようを生徒たちに直視させようとしていた。

生田は大学生の時、釜ヶ崎の夜回り活動をテレビで見たことをきっかけに夜回りに参加、以降36年間、日雇い労働をしながらボランティアで、野宿者の支援活動を行なっている。

夜回りとは、主に冬に野宿者が凍死しないよう温かい食べ物や下着、カイロなどを配りながら、野宿者それぞれの状況を確認していく活動だ。

生田はこの活動を通し、実際に目にした野宿者の姿を語る。アルミ缶を1個売れば2円、10時間かけて1000個探しても2000円、時給に換算したら200円。今や野宿は全国に広がり、真冬の札幌でもマイナス12度の中、駅の周りには120人が野宿し、寝ると死んでしまうため24時間営業のドン・キホーテを歩き回る姿がある。

釜ヶ崎の日雇い労働者が行なっていた日雇い・派遣労働は、今は全国的に非正規労働者が担う労働形態となり、最近では虐待や貧困などで、家庭からはじき出された若者の野宿者が増えている。

そして野宿者に向けられる、襲撃という暴力行為。そのほとんどが10代の若者によるもので、殴る蹴るだけでなく、目玉をナイフで刺し、ガソリンをかけ火をつけるというケースもあった。

野宿生活を16年送った坂本は、今年57歳。今は生田の支援のおかげで生活保護を取り、アパートで暮らしている。坂本も家庭からはじき出された若者だった。15歳で何もわからずに働き始めた飲食店は時給420円で、1日15時間半の長時間労働。これでは身体が持たず、かつ暮らせるわけがなく、24歳で日雇い土方に。バブル崩壊で仕事が減り、家賃を払うことができずに路上生活へ。一日中アルミ缶を集め、700円の日銭を作り、バナナと食パン、コーヒー牛乳とタバコ1箱を買う。「棺桶みたいに作った」段ボールハウスで深夜2時、中学生2人から鉄パイプで襲撃されたこともあった。

この日は1年生全員が集合して大勢だったので、一部はざわざわしていたが、多くの生徒たちは熱心に話をメモしていた。そしてこの日の感想には、「見方が変わった」という想いが綴られていた。野宿者のことを知らなかったから怖い存在だと思っていた生徒が、正面から野宿者のことを考えて得た思いは、「あんなふうになってはいけない」「目を合わせるな、危ない」などという社会の偏見とは、真逆のものだった。

「野宿している人達ってなんだかおっかないイメージがありましたが、今日の講演を聞いてイメージが変わりました。僕が思っているより野宿している人たちは普通の人でした。なのに、ちょっと運が悪かっただけで、あんなに大変な思いをしなければならないのは、すごく理不尽だと思いました」

「普通に生活している自分達が、野宿している人たちを悪く言っていることがすごくダメなことだと思いました。野宿は人によっては不潔だとか思われている。けど、野宿をするには何かがあってそうなっていることを、みんな、知らないといけない」

「同じ人間のはずなのに、『ホームレス』というだけで、ここまで差別されるのはおかしいと思った」

そして、野宿者への襲撃という行為を初めて聞いたことへのショック。

「なぜ、何もしていないのに目を刺す、オイルをかけて燃やす、段ボールハウスを壊すようなことをしたりするのか、意味がわからない。最低なことを、なんでするんだろうと思いました。坂本さんはこんなに辛い思いをして、でも頑張って、今、生きているのがすごいと思いました」

「聞いていて声に出してしまうほどびっくりすることもあったし、とても悲しい気持ちになりました。自分も一時保護所とおばあちゃん家に住めなかったら、万引きしながらもアルミ缶を売っていたのかなと思いました。寝ている最中に蹴ったり、追い出したりがとてもひどく感じ、人間不信になってしまった気持ちも理解することができました」

この感想を書いた彼女はまさに、当事者と紙一重の思いを持つ人間として話を聞いていたのだった。そんな生徒がどれだけいたのだろう。自分も何かしたいと、駆られるような思いを持つ生徒も多かった。

「印象に残った話は外国人やホームレスの人を差別している人がいたこと。言葉や考えは違うかもしれないけれど、差別は絶対にダメということ。私も困っている人がいたら、積極的に助ける。口よりも行動を起こすことが大事だということを学びました」

「自分も将来、アルバイトとかクビになったりする可能性がゼロではないから、野宿者支援のことも頭に入れようと思った。ボランティアで36年間も支援できてすごいと思った。自分もホームレスの人に限らず、いろんな人の役に立てる人間になれるよう、頑張りたいと思った」

1学期のシングルマザーの学習でも感じたが、この子たちの視点に「自己責任」なるものが全く出てこないということが改めて驚きだった。生徒たちは事実を真っ直ぐに見つめ、そして自分なりに野宿者が差別され、襲撃の対象とされることへの「おかしさ」について考えている。いろいろな理由があって野宿せざるを得ない人間がいること、誰もが野宿しないで生きることができる社会になるべきであることを自分なりに考え、感想に綴る。

生身の現実、事実を正面から知っていく行為には、「偏見」や「決めつけ」といった“色眼鏡”は混じらないのだと、生徒の感想に思う。「差別」や「偏見」は、何かを捻じ曲げて作られるものなのだと思わざるを得ない。

校内に掲げられている掲示板。生徒たちを励まし続ける学校側の姿勢があちこちに。「定期テストをなくした」「9時半登校はじめました」については次回、校長の山田勝治に話をうかがう

反貧困学習を主導する肥下は、この学習を通して生徒たちへ強く伝えたいものがある。

「自分達が自分達の生活を振り返って、この社会のおかしさに気づき、それを自分や自分の親の責任にするのではなく、自分達を含めてより生きやすい社会にするために、社会がどうなって行ったらいいんだろうと考えて、行動できるようになってほしい。社会にどう適応していくかなのではなく。今の教育はグローバル社会に適応とか、適応することしか考えていないけれど、それは本当に正しい方向なのかを問わないと」

この授業が知識を問う単なる「穴埋め」だったら、自分には関係ないと、生徒たちはどんどん興味を失って、寝ていくと肥下は言う。自分につながる問題だからこそ、熱心にメモを取り、自分なりにその問題について生徒たちは考えていた。そうやって寄せられた一人一人の想いが伝えられた感想には、まさに反貧困学習の成果が現れていた。

部落差別も西成差別も野宿者差別も、とにかく差別はおかしい、無くならないといけないものだと、どの生徒も憤りと共に強く感じていた。「昔の人は偏見で決めつけ」という思いも多く見られ、彼らこそ、これらの差別を変えていける「主体」になるのではという予感が湧いてくる。

後編では2学期最後の「西成学習のまとめ」の様子と、「実験的な新しい学校づくり」に取り組む、山田勝治校長のインタビューをお届けする。

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