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子どもの学力に親の収入や社会階層がもたらす影響…多動・不注意傾向の子どもに親が厳しくあたると「問題行動を引き起こしやすくなる」

集英社オンライン / 2023年8月23日 10時1分

子育ての仕方、家庭教育のあり方は子どもの成長に大きな影響を与えるが、そこに大きく関わるもう一つの要因には「遺伝」という要素があった。子どもが内側に秘める遺伝の影響をどう考えればいいのか。『教育は遺伝に勝てるか?』(朝日新書)より、一部抜粋・再構成してお届けする。

収入や社会階層の影響への誤解

親の収入や学歴が子どもの学力や進学に与える影響は、研究によって3%程度から30%ほどとばらつきこそあれ、残念ながら確実にあります。やはり収入がよい家庭ほど、子どもの学力や大学進学率は高くなる傾向があることは否定できません。

金銭的に豊かであれば、本や参考書を買ってもらえたり、あちこちに旅行に連れて行ってもらって見聞を広げる機会にも恵まれますし、塾や予備校やおけいこごとなどにも通わせてもらえます。だからこそ前節で紹介した研究では、その影響を統計的に除去して残る部分に効く親の子育ての効果として、読み聞かせやしつけのあり方などを検討したのでした。


しかしそれとは別の視点から、家庭の収入や社会階層が子どもの学力や知能に及ぼす影響について、行動遺伝学は明らかにしています。それが家庭の社会階層と遺伝との交互作用という現象です。

アメリカで行われた研究では社会階層が上位のクラスでは、学力や知能に及ぼす遺伝の影響がより大きいのに対して、社会階層が下位のクラスでは逆に共有環境の影響が大きく出るのです。

社会階層が上位であれば教育にも恵まれて、成績が下位の階層の子どもたちよりも良くなると思われるかもしれませんが、話はちょっと違うのです。確かに集団全体の平均値を見れば収入の恵まれている層の方が成績は良い傾向にあります。

しかし社会階層が高いとは、そのお金を使う自由もあることになります。勉強好きな人はそれを自分の知的活動に費やすでしょうが、そうでない人はそれ以外のところに費やす。その結果、人々の遺伝的なばらつきがより顕著にあらわれて、相対的に遺伝率が高くなるようです。

経済的に恵まれていない家庭では、親のつくる環境に大きく左右される

一方経済的に恵まれていない家庭の子どもたちは、選べる環境にあまり自由度がありません。すると親がどんな環境をつくっているかに大きく影響を受けて、限られた収入を子どもの教育に使おうとする勉強熱心な親と、そのお金を自分が遊ぶために使ってしまうような親とで、子どもの成績も大きく違ってくる。これが共有環境の影響としてあらわれてくるのです。

これは別の見方をすれば、経済的に恵まれていない家庭では、子どもが自分の遺伝的素質を発揮する自由な環境が与えられず、親のつくる環境に大きく左右されるということでもあります。

それは決して子どもが本人の遺伝的素質にかかわらず親のしつけや教育に素直に従うという状態とはいえないのは明らかでしょう。

こういう環境でも本来、遺伝的素質のある子どもであれば、野口英世のように逆境を跳ね返して優秀な成績を上げることも、ポリジェニックスコアを用いた研究で示唆されています。

しかしそうした子はごくまれでしょう。このように経済的に恵まれない家庭には、やはり行政の力でなんらかのサポートをするべきだと思われます。

社会階層が高いと学力への遺伝の影響が大きく出やすいことの理由として、そもそも学習しようというモチベーションの個人差にも、階層による遺伝的な差があらわれていることを示した証拠もあります。平均以上の社会階層の子どもでは、その子のモチベーションに及ぼす遺伝的素質による個人差が顕著に発揮された結果、成績の差となってあらわれているのですね。

この傾向は日本のサンプルを用いた私たちの研究でも再現されました。しかしアメリカではこの傾向が見られるものの、イギリスでは再現されていません。イギリスの社会階層のあり方が日本やアメリカと違うのかもしれません。

子どもがしでかす問題行動は親が悪い?子どもが悪い?

子どもの学業成績については、親の働きかけと子ども自身の素質が絡まりあうさまを見ることができました。親が子育てでもう一つ直面する問題は、子どもがしでかす問題行動でしょう。

すぐカッとなって人に手を出す、大人の言うことを聞かない、さらにはうそをついたり人のものを盗んだりする。こうなると親としては黙ってはいられず、厳しく𠮟ることになります。

しかし子どもからすれば、お母さんやお父さんがすぐ怒って手を出すから、ついイライラして自分も友達に手を出したり反抗したくなってしまうと思っているかもしれません。

実際、親の養育態度が厳しければ厳しいほど、子どもは悪い行いをする傾向があります。あるいは子どもが悪い行いをする傾向が強いほど、親の養育態度は厳しい傾向にあります。果たして因果関係はどちらから先に始まったのでしょう。

ふつうこのような「卵が先かニワトリが先か問題」では、親か子かのどちらかに一方的に原因があるのではなく、双方の間の「相互作用」なのだと説かれます。

子どものふるまいと大人のしつけの厳しさが相互に絡まりあっているのであって、どちらにも一方的に責任を負わせることなく、両方が努力しあおうというのが「正しい」態度とされます。それはそれで、子育ての場では大事な姿勢であることには違いがないのですが、行動遺伝学的な分析をすると、そこには双方のもう少し繊細なメカニズムを垣間見ることができます。

子どもをコントロールする親、子どもに振り回される親

行動遺伝学の原則の一つが、あらゆるものに遺伝的な差異があるということでした。ここでいえば、子どもが悪さをする程度にももともと生まれつきの差がある。ただその程度が環境によって強く出すぎることもあれば、抑えられたりすることもあると考えます。

この場合、どんな条件で子どもの聞きわけのなさや暴力的な行為やうそ・盗みなどの行為が助長されるのか、あるいは親のかかわり方でそれをコントロールできるのかということが問題になります。

ここで着目したのが、親にとって子育てのしやすさにかかわる要因の一つである子ども自身のもつもともとの多動・不注意傾向です。

多動・不注意傾向というのはいつももじもじと落ち着きがないとか、気が散りやすくて物事に集中できないといった傾向のことで、これが高じると、いわゆるADHD(注意欠陥・多動性障害)という発達障害として診断されます。この傾向があると子育てがしにくくなり、ついしつけも厳しくなりがちになるのではないか、と考えたのです。

ちなみに多動・不注意傾向も悪さをする傾向も、いずれももともと生まれつきの差はありますが、多動・不注意それ自体は悪さではなく、多動だから友達に暴力をふるってしまうとか、不注意だから盗みを働いてしまうというわけではありません。これらは違う遺伝子たちによって影響を受けており、それらは第1章で詳しくお話ししたメンデルの独立の法則に従い、互いに無関係であると考えられます。

ふたごのデータを用いると、先の学業成績に及ぼす親のかかわりの分析でも行ったように、相関する二つのできごと(たとえば「学業成績」と「読み聞かせ」のように)が遺伝によってどの程度、また共有環境によってどの程度説明できるかを分析することができます。

この子どもの問題行動と親の子育ての厳しさとの関係について、多動・不注意傾向の高いグループと低いグループで比較してみたところ、基本的にはどちらのグループでもこれらの関係には遺伝要因も共有環境要因も非共有環境要因も、いずれもが両者の関係にかかわっていました。

つまり子ども自身が遺伝的に悪さをする傾向があるから、親もそれに引きずられて養育態度がきつくなるという要素もあるし、親がもともと厳しく子どもに当たってしまう人なので子どもの問題行動が助長されるという要素もあるし、特にふたごのどちらか一方にきつく当たりがちになるためにその子の問題行動が助長されるという要素もありました。

多動・不注意の傾向が高い子どもは、親がつい厳しく当たってしまう傾向が高い

ただし子どもの遺伝要因と親の非共有環境要因が双方の関係にかかわる程度は、多動・不注意傾向の高いグループも低いグループもどちらのでも同程度にかかわっているのに対して、共有環境要因のかかわりが、多動・不注意傾向の高い子どものグループのほうでより大きいことが示されました。

つまりもともと多動・不注意の傾向が高い子どもの場合に、親がつい子どもに厳しく当たってしまう傾向が高まり、それによって子どもが問題行動を起こしやすくなるのです。

これは親の子育てスタイルの方に問題があるということになります。

逆に言えば、子育ての仕方をもっと冷静に見直して、子どもが不注意だったり多動であったりしたからといって、むやみやたらにしつけを厳しくしすぎないようにすれば、問題行動もある程度抑えることができる可能性があるのです。

多動・不注意傾向の高い子だからということで「悪い子」であると決めつけるのではなく、問題行動をしでかしてしまった子どもの事情を冷静にくみ取る努力をし、そのうえで善悪の道理を示していくことが肝要なのではないかと思われます。

一方、多動・不注意傾向の低い、その側面では健常の範囲内にある子どもの「悪さ」はどう考えればよいでしょうか。

その場合、子ども自身のもつ問題行動の遺伝的傾向が高いほど、それに即して親の厳しい態度が導かれているという要素が、親自身の作り出す厳しさが子どもの問題行動を助長させるという要素よりも強いと考えられます。つまりそれは問題行動に対するしつけとして厳しくなるのは当然であるといえます。

悪いことは悪いというメッセージは、子どもの多動・不注意傾向の高低にかかわらず、子どもには知識として教えなければなりませんが、同時に子どもが「悪さ」をしてしまう状況、すなわちその子特有の非共有環境が何かを見極めて、その状況に陥らないように環境を整えてあげることも必要になってくるでしょう。

たとえば好きなものをきょうだいと分けあわなければならないときに、自分のことしか考えずに乱暴になってしまうことが多いとしたら、あらかじめ一人ひとりの分を分けておいて、一人ずつ渡すようにするというように。

文/安藤寿康

『教育は遺伝に勝てるか?』 (朝日新書)

安藤 寿康

2023/7/13

935円

256ページ

ISBN:

978-4022952165

結局「生まれが9割」は否定できない。でも、遺伝の仕組みを深く理解すれば、「悲観はバカバカしい」と気づくことができる。
遺伝が学力に強く影響することは、もはや周知の事実だが、誤解も多いからだ。 本書は遺伝学の最新知見を平易に紹介し、理想論でも奇麗事でもない「その人にとっての成功」(=自分で稼げる能力を見つけ伸ばす)はいかにして可能かを詳説。
「もって生まれたもの」を最大限活かすための、教育の可能性を探る。

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