渡辺謙「日本はリスクを恐れすぎているんじゃないかな」危機感を抱く映像業界の呪縛と観客の成熟度
集英社オンライン / 2024年4月5日 11時0分
WOWOWと米大手動画配信サービスMax(旧HBO Max)との日米共同制作によるドラマ『TOKYO VICE』は、世界120か国で放送・配信されるほどの人気を誇る超大作シリーズだ。4月6日からは待望のSeason2の放送・配信スタート。本作でエグゼクティブ・プロデューサーを務めた渡辺謙に、タブーに切り込んだドラマの見どころと、日本の映像業界の問題点を聞いた。
【画像】渡辺謙がプロデューサーに「これはあかんやろ」と言ったドラマ『TOKYO VICE Season2』の場面写真
パワーアップしたSeason2のヤバさは必見
──『TOKYO VICE Season2』ではヤクザと政治家、メディアが絡み合ういろいろとヤバすぎるストーリーが繰り広げられます。渡辺さんが演じるベテラン刑事の片桐が、冒頭から刑事としての一線を越えてしまう展開にもテンションが上がりました。
渡辺謙(以下、同) 逸脱してますよね。最初はJT(プロデューサーのJ・T・ロジャース)に、「これはあかんやろ」って言ったんですよ(笑)。勝手に他人の家にあがり込んで脅しをかけるとか、堅気の刑事にこんなイリーガルなことはさせられないから。
でも、片桐はもう刑事を辞めてもいいぐらいの覚悟で闇の深い事件に突っ込んでいくんだと考えると、逆にこれもありだと思い直しました。
──5話まで拝見しましたが、カチコミもドンパチも迫力満点です。改めて、ハリウッドでここまで日本のヤクザものができるのかと。
いやいや、まだその後がね(笑)。東京都庁前での銃撃戦もありますから。
──それはすごいですね! 続きがますます楽しみです。一方で、Season2では、よりキャラクターの背景や内面が掘り下げられていると感じました。
それぞれのキャラクターのバックグラウンドや、今抱えている苦しみみたいなものが鮮明になってきます。そういう意味では、単純にバイオレンスやクライムサスペンスという側面以上に、人間ドラマの比重も大きくなっていると思います。没入感が増しているので、楽しみやすくなっているんじゃないのかな。
日本ではリスクを恐れて何もできない
──このドラマは実在の新聞記者を主人公にしたフィクションですし、ジェイクの名前以外は創作ですが、実際の事件を想起させるなど社会のタブーにかなり踏み込んでいると思います。一般論として、ハリウッドでエグゼクティブ・プロデューサーを務めた渡辺さんが日本の映像業界に対して思うことはあるでしょうか?
『TOKYO VICE』も実はちょっと腰が引けている部分があるけれど、やっぱりハリウッド製作だからここまで描くことができた、という事実はありますよね。
コンプライアンスという言葉に紛れて、あまりにリスクを恐れて何もできない現場を日本で何度も経験してきたんですよ。すべてのことを何となくぼかしてやってしまうみたいなね。「これはいつまで続くのかな?」と思ったりしますね。
あと、日本だとどうしても昔から実名は出さないという呪縛みたいなものがあるじゃないですか。特にポリティカルな話題や名前、あとは企業名を変えないと映画やドラマは作れないといった風土ができあがっている。
──せっかくの社会派の力作なのに、残念だなと思うことも多いです。
僕が出演した作品でもあります。そのひとつに世界規格となった家庭用ビデオテープレコーダー(VTR)の開発競争を描いた『陽はまた昇る』(2002)という映画。一部は実名を使っているんだけど、やっぱり変えざるを得ない名前もありました。技術者たちの苦しみや喜びを描いている映画だから別に誰にも迷惑かからないし、誰のこともネガティブに捉えてないのに。
相当食い下がったんだけど駄目でしたね。やっぱり映画会社がリスクヘッジを取るんだよね。とはいえ、一俳優の立場じゃ限界がある。僕が決定権のある社長だったら、「実名でいけー」って言うんだけど(笑)。
そういうのって、もう忖度しなくてもいいじゃないかと思うんですよね。首相の名前とか政党の名前とか、宗教と政治の問題や裏社会と政治家のつながりだって、なぜそれを実名で描けないんだろうと。日本はかなりオブラートをかけてスルーしていくでしょ。それじゃあ、今の社会を映せないよね。
アメリカの作品とか見ても、大統領の名前だろうが何だろうがガンガン実名でやってるじゃないですか。訴えられることもあるだろうけど、そこはロイヤー(弁護士)を入れてやっているはずで。
世界標準のエンタメを受け取る観客の成熟度
──実在の事件を題材にした人気長寿シリーズのプロデューサーなど、常に複数の訴訟を抱えているヒットメイカーもいますよね。
去年最終シーズンが配信されたNetflixの『ザ・クラウン』というドラマは、英国王室の人間ドラマをすべて実名で描いているんですよね。この作品にもシリーズの途中で英国政府から物言いがつきましたが、それで製作や放送を中止するということはなかった。
それぞれのキャラクターや時代背景が折り重なって、でも最後はちゃんと収まるところに収まっていく、脚本のレイヤー(解像度)の深さに毎回感心しました。
日本で『エンペラー』というタイトルでドラマなんてやれます? まあ無理でしょう。それは極端な例かもしれないけど、実名でやらないと全然、そのすごさが伝わらないという題材はあるからね。
今、僕の知り合いのプロデューサーが抱えている、ある実話を題材にした企画があるんだけど、日本では無理だろうから海外で作っちゃえばいいんだよと思いますね。
──確かに日本人は海外から入ってくるものに対しては寛容ですね。
それがずるいところなのよ。日本は外圧には本当に弱いから。海外で作られた場合は、よほど挑発的だったりしない限りは「そうだよなあ、そういう事件があったなあ」という感じで終わっちゃったりする。
例えば『ラスト サムライ』(2003)に出演した際に、明治天皇が登場すると聞いてみんな驚いたんですよ。「(配給会社の)ワーナー・ブラザースの前に装甲車が集まっちゃうんじゃないの?」とか、冗談半分で言ったりして。けど、そもそも悪く描いてなんかいなかったから何も起こらなかった。海外のプロダクションが製作したものだと、日本では誰も何も言わない気がします。
──日本のオーディエンスも、不必要なまでにリスクを避ける日本の映像業界の姿勢には不満を持っている人も少なくないと思います。
具体的に何をどうやって打開していったらいいのかは僕もよくわからないんだけど、製作する側の人間として、もうちょっと腹くくってもいいのかなという気がしていますね。
一方で、世界標準のエンターテインメントを受け取る観客の成熟度という問題もあると思っているんですよ。どこの国の観客にだって未熟な人たちはいるけれど、特に日本はね。原作との違いとか事実との整合性など、細かいことばかり粗探しして揚げ足を取ったり攻撃したりする。
すると、作る側もまた、そう言われることを恐れて日和ってしまう。悪循環だなと。だから日本の観客にも“フィクションはフィクションとして受け取るという成熟度”が必要だと思っているんです。
なんかもう、話せば話すほど、僕の日本での仕事がなくなる気がするんだけど大丈夫かな(笑)。
取材・文/今祥枝 撮影/石田壮一 ヘアメイク/倉田正樹(アンフルラージュ) スタイリスト/JB 衣装協力/BRUNELLO CUCINELLI
渡辺謙
1959年10月21日生まれ、新潟県出身。舞台出演を経て『瀬戸内少年野球団』(1984)で映画デビュー。主な出演作は映画『タンポポ』(1988)『海と毒薬』(1986)『ラヂオの時間』(1997)『陽はまた昇る』(2002)『バットマン ビギンズ』(2005)『SAYURI』(2005)『硫黄島からの手紙』(2006)『明日の記憶』(2006)『沈まぬ太陽』(2009)『怒り』(2016)『ザ・クリエイター/創造者』(2023)など。『ラスト サムライ』(2003)ではアカデミー助演男優賞にノミネートされた。
『TOKYO VICE Season2』
舞台は1990年代の東京。日本の大学を卒業したアメリカ⼈⻘年ジェイク(アンセル・エルゴート)は、難関試験を突破して日本の大手新聞社に就職する。警察担当記者となったジェイクは特ダネを追いかけるうちに、ヤクザ絡みの事件を手練で解決する刑事、片桐(渡辺謙)と出会う。男社会を渡り歩く⼥性記者・詠美(菊地凛子)、⾃⽴⼼の強い優秀なホステス・サマンサ(レイチェル・ケラー)、風俗街で暗躍する刑事・宮本(伊藤英明)、ジェイクと意気投合する若きヤクザのリーダー・佐藤(笠松将)、謎めいたカリスマホスト・アキラ(山下智久)、⼾澤組組⻑の愛⼈・美咲(伊藤歩)ら登場⼈物達それぞれが、ショッキングな展開を迎えるというクリフハンガーで幕を閉じたSeason1。
Season2では、佐藤の兄貴分となるヤクザ・葉⼭(窪塚洋介)や、片桐の相棒となる警視・⻑⽥(真矢ミキ)らが新たに加わる。夢や希望ものみ込まれる東京のアンダーグラウンドで、ジェイクは生き残ることが出来るのか。
出演:アンセル・エルゴート、渡辺謙、レイチェル・ケラー、菊地凛子、笠松将、窪塚洋介、真矢ミキほか
監督:アラン・プール、ジョセフ・クボタ・ラディカ、福永壮志、エヴァ・ソーハウグ
ハリウッド共同制作オリジナルドラマ『TOKYO VICE Season2』 WOWOWにて 4 月 6 日(土)スタート
毎週土曜午後 9:00 放送・配信(全 10 話)〔第 1 話無料放送〕 ※WOWOWオンデマンドにて、Season1全 8 話配信中
X:@tokyovice_wowow
Instagram:@wowow_tokyovice
Photo: James Lisle/WOWOW
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