ウーバー×マッチングアプリ…ウクライナが開発した「大砲のウーバー」がロシア軍を撃破した驚くべき仕組み――テクノロジーがもたらす新時代の戦争のカタチ
集英社オンライン / 2024年4月28日 8時0分
〈「ロシアに蹂躙された失地を回復する」「ネオナチにウクライナが支配されている」ウクライナvsロシア「SNSいいね戦争」にみる両国のSNS運用の決定的な違い〉から続く
ロシア・ウクライナ戦争開戦から2年――防衛省情報本部分析部主任分析官を長く務めた情報分析のプロが、軍隊以外に、民間軍事会社、戦争PR会社、フェイクニュース製造工場、ハッカーなどが戦場の内外で熾烈な戦いが繰り広げられている。
【画像】現代の軍隊の兵士は、砲撃の指導や偵察のために空中無人機(ドローン)が欠かせない
書籍『ウクライナとロシアは情報戦をどう戦っているか』(並木書房)より「大砲のウーバーシステム」について一部抜粋してお届けする。
ウクライナが開発した「大砲のウーバー」
2014年、アメリカのウーバーテクノロジーによってオンラインで料理を注文し、指定した場所に配達してもらえるサービスが始まりました。日本でも2016年にサービスが開始され、コロナ禍の影響もあって、ウーバーイーツサービスは急速に発展しました。
ウーバーとは、もともとウーバーイーツを運営している企業のウーバーテクノロジーが、2009年に始めた配車サービスです。今や世界の70か国以上で事業展開されています。これは、一般のドライバーが空いた時間を使って自家用車をタクシー代わりにし、それを利用したい客とマッチングさせるシステムです(日本では、2024年4月から「ライドシェア」が条件付きで利用できるようになります)。
このウーバーのサービスを成り立たせているのと同様のシステムが、ロシア・ウクライナ戦争で使われていると、英国の『タイムズ』は報道しています。
戦争で使われているそのシステムは、通称「大砲のウーバー(ArtilleryUber)」や「戦場のウーバー」といわれています。各種情報収集手段で得られた目標情報は、大砲のウーバーシステムに組み込まれます。
実際のウーバーシステムでは、乗車希望の客に対し、市街を走る車両から最も適した車両を機械的に判断し割り当てます。
大砲のウーバーシステムも同様に各攻撃目標に対し最も効果的な兵器を割り当てるのです。いわば要求に応じて車や料理の代わりに大砲の弾を届けるというものです。
この大砲のウーバーシステムでは、各種情報源から得られたリアルタイムデータをシステムに入力し、敵の位置をピンポイントで標定します。さらに標定したデータを射撃計算ソフトで処理して、その地域に配置されている火砲、ミサイル、ドローンなどから、どの兵器で攻撃するのが最適かを瞬時に提供します。
指揮官は、戦場からのライブデータを表示する電子地図にアクセスし、射撃指揮ができます。指揮所で本部の要員がシステムから提供されたターゲットと攻撃手段を確認すると、どの部隊に攻撃させるかを選択し、指揮官の命令により直ちにターゲットの座標が兵器の位置に送られ攻撃が行なわれます。
ロシアがクリミアを併合した2014年頃からウクライナ軍で使われ始め、すでに砲兵部隊では広く普及しているようです。
これは、米国などが提供したものではなく、ウクライナのプログラマーが、英国のデジタ地図会社と共同で開発した状況認識システムで、正式には「ジーアイエス・アルタ(GIS Arta)」と呼ばれています。このシステムにより、火砲の射撃の照準にかかる時間を従来の20分から1〜2分へと短縮したとされます。
たとえば2023年5月11日、ウクライナ東部のシバースキー・ドネツ川を渡河しようとしたロシア軍の戦車や浮橋の攻撃に使用され、2日間の砲撃と空爆で80両以上の車両を破壊し、ロシア軍に大きな損害を与えたことが話題となりました。
米英情報機関がウクライナをサポート
ウクライナはどのようにしてこのような目標情報を収集しているのでしょうか。2014年にロシアがクリミアを併合して以来、米国を中心とした西側諸国は、ウクライナ軍を欧米モデルの近代的な軍隊に変えるため、兵士の教育、訓練にあたってきました。そして、その訓練は戦術や兵器の運用にとどまらず、情報戦もカバーしていました。
米英は情報機関のスタッフをウクライナに派遣し、ウクライナ情報当局と協力関係を構築してきました。そして、2022年2月のロシアのウクライナ侵攻後、米英のスタッフは、ウクライナ軍の参謀本部や情報局で西側諸国との連絡官として活動しているようです。具体的には、西側情報の提供、ロシア軍の通信の妨害・傍受、心理戦としての情報発信、ゼレンスキー大統領らの安全確保などについてのサポートを行なっているとされます。
そして、サポートのために必要な情報は、NATO軍や米軍の偵察機、AWACS(早期警戒管制機)がウクライナとの国境に近いポーランド上空や黒海上空の国際空域において常時飛行し、収集しています。また、黒海の国際水域においてもNATO軍の情報収集艦が展開し、常にロシア海軍の動向を探っています。
このようにして得られた情報がウクライナ国内にいる米英の連絡官にリアルタイムで送られ、連絡官は、これらの情報をウクライナ側に提供しているとされます。ただし、提供される情報は取捨選択されているようです。
ドローンなしでは戦えない現状
たとえば『ニューヨーク・タイムズ』によれば、2022年5月1日、ウクライナ政府高官らの話として、ロシア軍のゲラシモフ参謀総長が先週、ウクライナ東部のイジュームを訪れ、戦線の視察や作戦の指導をしたとされ、米当局者もロシア軍の制服組トップが先週、前線のウクライナ東部を訪れていたことを確認したと明らかにしました。
イジュームは、東部での攻勢を強めるロシア軍が拠点としている街です。ウクライナ軍がロシア支配都市イジュームの第12学校にあるゲラシモフ将軍が訪問した陣地への攻撃を開始した時、ゲラシモフ将軍はすでにロシアへ向けて出発していた。それでも、少なくとも1人の将軍を含む約200人の兵士が死亡したとのことです。
おそらく米軍はゲラシモフの前線訪問を事前に察知していた可能性が高いと思われますが、結果から見て、その情報がタイムリーにウクライナに提供されることはなかったということです。仮に、早い段階で提供してウクライナ軍が参謀総長を殺害しようとした場合、ロシアの報復攻撃が激化することや核の使用の懸念が考えられたからだと思われます。
このように選択的ではあるものの、NATO軍などから得た情報とウクライナ軍自らドローンや偵察部隊を運用して得た細部の情報をもとに目標情報を得ているようです。
少なくとも戦争初期の2022年5月の時点で、ウクライナ軍は偵察用のドローンを6000機以上運用しているとされます。その後も西側の支援によりその数は維持または増加しているはずです。ドローンは、衛星システムともリンクしていて画像や映像をアップロードできるとされています。
マッチングアプリで素早く火力を集中
米軍は、この「ジーアイエス・アルタ(GIS Arta)」のようなシステムを使っていないのでしょうか。
米軍には十分な時間と予算をかけて作り上げられた射撃指揮統制システムがあります。米軍や自衛隊では一般的に陸海空のどの火力をいつどこに指向するか、どの程度の射撃効果を得られるかなどを総合的に調整する火力調整所を設けて、火力の配分を短期から長期にわたって計画し、計画的、また臨機に目標に対し攻撃するシステムがあります。したがって、ウクライナのようないわば素人的なアプリは必要ありません。
ところが不思議なことに米軍において射撃の命令から射撃発射までに要する時間は、第2次世界大戦以降、だんだん遅くなっているというのです。
米国防契約管理局のテレンコ氏はツイートを通じ、「ジーアイエス・アルタ」アプリとスターリンク衛星通信の組み合わせが、「米軍の一般的な砲術指揮統制と比較して相当に優れたものをウクライナ軍にもたらした」との見解を示しています。
同氏は「米軍は指令から発射まで、第2次世界大戦では5分、ベトナム戦争では15分、現在では1時間を要している」「いや、書き間違いではない」と述べています。
その理由は、米軍では友軍への誤射防止などのため上層部への確認手続きに時間を要するようになったからだとしています。確かに米軍のように広域に統合的火力を発揮し、そのうえで友軍や民間人へのリスクをなくすための綿密な調整などを行なっているとなると時間がかかると思います。
逆にいえば、統合的な火力を使わない、住民を巻き込む恐れがないなど、統合火力の発揮、安全性などをあまり考慮しなくてよければ、マッチングアプリでとにかく速く効果的に火力を発揮できるわけです。
マッチングアプリと侮ってはいけません。いざとなれば何でも柔軟に活用する態勢だからこそ、そのような運用ができるのでしょう。巨大で硬直化した組織にはなかなかできない発想です。
文/樋口敬祐 写真/shutterstock
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