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幼稚園児がトイレも行けず、毎日深夜2時まで勉強…教育虐待がやがて非行につながる現実とは

集英社オンライン / 2022年10月23日 11時1分

2022年1月15日に起きた東京大学前刺傷事件を犯した高校2年生の男子生徒は、犯行動機を「成績が上がらず自信をなくした」と言った。親の過度な要求による「スパルタ教育」は、虐待として見なされず、見逃されてしまうことが多い。ノンフィクション作家の石井光太氏がこれまで取材した事件には、自殺に追い込まれるほど深刻な事例もあったという。

東大医学部志願者の犯行動機は…

2022年1月15日、その凶行は日本の最高学府・東京大学農学部のキャンパスの目と鼻の先で起きた。

愛知県の名門進学校に通う高2の男子生徒(17歳)が刃物を手にし、突如として大学入学共通テストに向かっていた高校生ら3人に襲い掛かったのである。その場で取り押さえられた男子生徒は殺人未遂で逮捕された。その後の取り調べで、男子生徒は犯行の動機を次のように語った。



「医者になるため東大を目指して勉強していたが、1年くらい前から成績が上がらず自信をなくした」

検察はこの事件を重く見て、家庭裁判所ではなく、刑事裁判で裁くことを決めた。東大医学部を目指して名門校に通っていた男子生徒は、いつから、なぜ狂暴な犯罪者になったのだろうか。

あまり知られていないことだが、少年犯罪を個別に細かく見ていくと、教育によって押しつぶされた子供たちが少なからずいることがわかる。

「8~9割の確率で家庭に問題がある」

法務省の統計によれば、少年院に入っている女子の4割、男子の3割弱に虐待を受けた経験があるとされている。

出典:犯罪白書(令和元年)

近年、脳科学の研究から虐待は子供の脳の発達を阻害したり、認知をゆがめたりすることが明らかになっている。愛着障害、気分障害、パーソナリティ障害、パニック障害などにもなりやすい。

こうした子供たちは、虐待によって負った特性から大きな生きづらさを感じる傾向にある。年齢が上がるにつれ、それは自傷、摂食障害、万引き、暴行、売春といった問題行動につながり、中学生~高校生くらいの年齢で非行が顕在化するのだ。

ここに虐待と非行との因果関係がある。非行少年に虐待経験者が多いのはそのためだ。

ただし、少年院の法務教官に話を聞くと、この統計は現実より少なく出ているのではないかという指摘する人が多い。女子少年院に勤務する法務教官の言葉である。

「統計では虐待は3~4割くらいですが、実際に話を聞いていると、8~9割の確率で家庭に問題があると感じています。家庭のゆがみが、そのまま少年たちのゆがみに直結している。問題は、家庭のゆがみの中には虐待のカテゴリに入るものと入らないものとがあることです」

虐待に区分されにくい「スパルタ教育」

虐待は、一般的に次の4つに区分される。

【身体的虐待】 殴る蹴るなど、肉体的な痛みを伴う暴力を加えること。
【心理的虐待】 罵声を見せたり、目の前で家族に暴力をふるったりすること。
【性的虐待】 性的な行為を強いることや、ポルノが身近にある環境に子供を置くこと。
【育児放棄(ネグレクト)】 親が養育者としての義務を放棄すること。


児童相談所にせよ、警察にせよ、家庭内でこれらの行為が行われていれば、虐待事案と判断し、必要とあれば保護に踏み切ることになる。先の法務教官の指摘は、こうした分類に当てはまらない「不適切な養育」が存在するということだ。

実際に私も少年院の内外で多くの非行少年たちに話を聞いたが、同様のことを感じる。両親が仮面夫婦だとか、親が精神疾患で幻覚に惑わされていたとか、虐待の定義に当てはまらない問題が子供の心を蝕んでいるケースがあるのだ。

そしてその一つが、親による過度な教育なのである。いわゆる、「スパルタ教育」だ。有名人の実例を挙げれば、元タレントの飯島愛さんがいる。

中学受験失敗がきっかけで悪の道へ

飯島愛さんはアダルトビデオの世界からタレントになった異色の経歴を持つ女性だった。

著書によれば、彼女の両親は教育に熱心で、非常に厳しかったそうだ。愛さんが幼い頃から、塾、習字、そろばん、ピアノなどを次々と習わせ、時には難解な文学作品の筆写をさせることもあった。

幼かった彼女は、親の期待に応えようと必死になってがんばった。だが、彼女の心の中には常にぽっかりと穴が開いていた。両親は勉強をしろというだけで、本当の自分を見てくれていない。成績が悪かったのを叱られることはあっても、温かい愛情を注いで人間性をほめてはくれなかったのだ。

――私のことを見てほしい。

勉強に打ち込む一方で、そんな気持ちがどんどん大きくなっていった。人生の転機は小学校の終わりだった。中学受験に失敗したことで、彼女の中で何かが切れてしまったのだ。親から見捨てられ、これまでの自分の努力が無意味だったと感じたのだろう。

それ以降、彼女は親に対して強い恨みを抱き、家出をして夜の街を彷徨いだした。そしてドラッグや売春に手を染め、アダルトビデオの世界へと引きずり込まれていくのである。

スパルタ教育が見逃されやすい理由

少年院には、飯島愛さんのような少女は数えきれないほどいる。スパルタ教育の中身は、受験だけでなく、スポーツや芸術に及ぶ。彼らの心を傷つけるのは、親のこうした言葉だ。

「お兄さんやお姉さんができて、なんであんただけでできないの?」
「こんな成績でよく恥ずかしげもなく生きていけるな」
「すべては、あなたの努力が足りないだけでしょ」
「目標の成績を取るまで家から一歩も出るな」

虐待を専門にしている医師の話によれば、こうした言葉は4つの虐待の中の「心理的虐待」と同様の悪影響を子供に及ぼすそうだ。

心理的虐待は、時として身体的虐待より脳にダメージを与えるとされており、特に脳の聴覚野への影響が指摘されている。ここは聴覚だけでなく、記憶力や学習力やコミュニケーション力などもつかさどる機能であり、言葉の暴力はその発達を大きく阻むのだ。

そう考えると、過度な教育が、心理的虐待同様に子供の脳を傷つけ、様々な生きづらさを与えるのは明らかだろう。

だが、日常的な子供への罵倒や面前DV(子供の前で夫婦喧嘩を見せる)は心理的虐待とされているにもかかわらず、過度な教育はそれに含まれていない。だから、他の虐待に比べると、見逃されてしまう率が高い。

幼稚園児が毎日深夜2時まで勉強

かつて私は女子少年院を出た後に自殺をした18歳の女性を取材したことがある。

彼女は幼い頃から信じられないようなスパルタ教育を受けてきた。幼稚園に通っていたころから、毎日深夜2時過ぎまで勉強をさせられ、机から立ってトイレに行くことさえ親の許可が必要だったという。

中学受験には合格したものの、彼女は入学して数か月後、ぱったりと学校へ行けなくなった。燃え尽き症候群だ。親はそんな娘を毎日大声でしかりつけ、「受験料の無駄だった」「学費を自分で払え」などと言ったという。

彼女はひきこもり、ついにはリストカットをはじめた。親が無理やり止めようとすると、彼女は家を飛び出し、夜の街で売春するようになった。その間も、何度か自殺未遂をしたそうだ。そして16歳で女子少年院に入り、17歳で出院した翌年、彼女は首を吊って亡くなったのである。

死後、発見された彼女のメモには、親に対する恨みつらみが恐ろしいほど書き綴られていた。彼女は、親のスパルタ教育が自分の人生を粉々に壊したという思いがあったのだろう。

この少女ほどでないにせよ、過度な教育によって心に傷を負った子供たちは、可視化されないだけで大勢いる。昨年度、首都圏の中学受験者数の延べ人数は、少子化にもかかわらず、過去最高を記録した。本年度はさらに増加するのではないかと予想されている。

これから冬になると、受験は本格的な追い込みの時期に入る。そんな時期だからこそ、親には子供としっかりと向き合ってほしいと、心から願う。

取材・文/石井光太

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