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空中分解したX線天文衛星「ひとみ」にも搭載 ミクロの世界の観測で日の目をみた「コンプトンカメラ」

sorae.jp / 2024年4月4日 17時27分

英米を拠点とする宇宙に関するポータルサイト「SPACE.com」は、日本のX線天文衛星「ひとみ(ASTRO-H)」のガンマ線偏光観測装置を構成する主要装置のひとつである「コンプトンカメラ」が、原子観測に成功したことを伝えています。「ひとみ」が打ち上げ後約1か月で分解したために活動期間が非常に短かったガンマ線偏光観測装置ですが、原子核分光という異なる分野で日の目を見たようです。

■1か月で運用を断念したX線天文衛星「ひとみ」 【▲ X線天文衛星「ひとみ(ASTRO-H)」の想像図(Credit: JAXA)】【▲ X線天文衛星「ひとみ(ASTRO-H)」の想像図(Credit: JAXA)】

理化学研究所などの研究グループが実験に活用したコンプトンカメラは、かつて宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究所が中心となって開発したX線天文衛星「ひとみ」に搭載されていたものを応用した装置です。「ひとみ」は2016年2月17日に種子島宇宙センターから「H-IIA」ロケット30号機によって打ち上げられましたが、同年3月26日に通信が途絶。JAXAは同年4月28日に「ひとみ」の運用を断念しました。

関連記事
・X線天文衛星「ひとみ」、浮かび上がった3つの問題点 (2016年4月26日)
・【速報】天文衛星「ひとみ」運用断念へ JAXA公式発表 (2016年4月28日)

「ひとみ」の目的のひとつは、数十keV〜数十MeVとガンマ線のなかではエネルギーの小さい「軟ガンマ線」の偏光を観測することでした。軟ガンマ線は超新星爆発やブラックホールといった天体・現象から放射される電磁波で、磁場などが原因で偏光して地球に届きます。このため、軟ガンマ線の偏光データは放射源となる天体や現象の周辺における磁場構造を知るのに有力な情報となりうるものの、高い精度で観測する装置は存在しなかったといいます。

「ひとみ」に搭載された軟ガンマ線検出器(SGD)の検出部は、シリコン(Si)半導体の検出器とテルル化カドミウム(CdTe)半導体の検出器からなるコンプトンカメラです。コンプトンカメラとは放射線が物質内の電子に衝突すると散乱する「コンプトン散乱」を応用したカメラのことです。「ひとみ」に搭載されたコンプトンカメラは、Si半導体検出器でコンプトン散乱させたガンマ線をCdTe半導体検出器で吸収する仕組みを採用していました。ガンマ線が散乱・吸収された位置の情報と、2つの検出器で損失したエネルギーをもとにガンマ線が飛来した方向を逆算し、放射源の天体を撮像できるのだといいます。

【▲ 「ひとみ」に搭載されたコンプトンカメラの原理(Credit: JAXA)】【▲ 「ひとみ」に搭載されたコンプトンカメラの原理(Credit: JAXA)】

このコンプトンカメラは位置分解能とエネルギー分解能の高さから、ガンマ線の偏光度計としても機能するといいます。「ひとみ」の運用期間は1か月強という短い期間ながらも、シンクロトロン放射(※1)で高い偏光度をもつ「かに星雲」の観測データを取得しています。

※1…磁場の中をらせん運動する荷電粒子から放射される電磁波のこと

関連記事
・かに星雲から放たれる高エネルギーのガンマ線。広い領域から届いていたことを初確認 (2019年11月18日)

■期待以上に成功した原子核のガンマ線偏光観測

今回、研究グループは「ひとみ」に活用されたCdTe半導体を多層に重ね合わせたコンプトンカメラを用い、原子核から放出されるガンマ線の偏光を捉え、原子核の内部構造を明らかにできることを示しました。

原子核を構成する陽子や中性子の数は、「魔法数」と呼ばれる特定の数のときに安定すると考えられてきました。しかし、陽子数あるいは中性子数が安定状態よりも過剰で不安定な原子核では、魔法数が消失して新たな魔法数が出現することが明らかになっていました。

そこで、励起状態(※2)にある原子核が安定化する際に放出されるガンマ線の偏光を測定することで、原子核の状態を決定する実験が試みられてきたものの、従来のゲルマニウム(Ge)半導体検出器ではガンマ線の散乱角の分布を詳細にとらえられず、感度と検出効率のバランスを取るのが困難だったといいます。

※2…基底状態にある原子核よりも高いエネルギーで安定した状態にあること。基底状態に遷移する際にガンマ線を放出する

【▲ 多層コンプトンカメラ(左図)とCdTe半導体を多層に重ね合わせた撮像素子(右図)(Credit: 理化学研究所)】【▲ 多層コンプトンカメラ(左図)とCdTe半導体を多層に重ね合わせた撮像素子(右図)(Credit: 理化学研究所)】

そのため、研究グループはコンプトン散乱したガンマ線の検出器として、CdTe半導体を多層に重ね合わせた装置を多層半導体コンプトンカメラとして活用しました。同研究グループによると、CdTe半導体検出器の位置分解能と検出効率の高さにより、多層半導体コンプトンカメラは不安定な原子核からのガンマ線の偏光を測定するのに理想的だといいます。

実験の結果、研究グループは鉄56(56Fe)の原子核から放出されたガンマ線の遷移の特徴を捉えただけでなく、偏光度が過去の測定結果と一貫するなど、コンプトンカメラの性能の高さを証明しました。

【▲ コンプトンカメラに入射・散乱する偏光ガンマ線の模式図(左図)と、散乱角の分布を示すグラフ(右図)。曲線の振幅が大きいため、感度が高いのだという(Credit: 理化学研究所)】【▲ コンプトンカメラに入射・散乱する偏光ガンマ線の模式図(左図)と、散乱角の分布を示すグラフ(右図)。曲線の振幅が大きいため、感度が高いのだという(Credit: 理化学研究所)】

研究メンバーのひとりである東京大学の高橋忠幸教授によるSPACE.comへの回答によると、原子核から放出されるガンマ線の偏光度測定に「ひとみ」で運用した多層半導体コンプトンカメラを利用できると予想はしていたものの、その性能は期待を上回るものだったといいます。そのため、宇宙観測用のコンプトンカメラを今回のような光子(電磁波)の直線偏光の測定に役立てられる可能性があると同氏は期待を寄せています。

 

Source

SPACE.com - Deep-space astronomy sensor peers into the heart of an atom 理化学研究所 - 最先端宇宙観測技術で視る原子核の姿 東京大学 - 次世代ガンマ線天文学のための Si/CdTe半導体コンプトンカメラの実証的研究 JAXA - 「超広角コンプトンカメラ」による放射性物質の可視化に向けた実証試験 JAXA - ガンマ線偏光の検出を目的としたSi/CdTe 半導体コンプトン望遠鏡の性能評価 JAXA - 自然が物理学の願いをかなえるとき 高田淳史, 谷森達 - SMILEによるMeVガンマ線天体探査 渡辺伸 - 「ひとみ」衛星搭載軟ガンマ線検出器の実現 Go et al. - Demonstration of nuclear gamma-ray polarimetry based on a multi-layer CdTe Compton camera

文/Misato Kadono 編集/sorae編集部

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