「一応、交渉の権利だけ取ってくれませんか」広岡達朗がプロ入り拒否の工藤公康を6位指名した夜
日刊SPA! / 2024年3月12日 15時51分
広岡はドラフト前夜に、根本管理部長と最終打ち合わせをしていた。
「根本さん、今年のナンバーワンピッチャーはズバリ誰ですか?」
「名電の工藤だろうな。でも彼は熊谷組に決まっている」
「一応、交渉の権利だけ取ってくれませんか」
広岡の言いたいことをすぐさま理解し、根本も即答する。
「わかった。他の球団も指名して来ないだろうから、最後の枠で指名しよう」
こうして西武ライオンズはドラフト六位で工藤公康を指名した。
この工藤への指名は、巷では根本の囲い込みだ、西武包囲網だと揶揄された。もし、出来レースだとしたら、本人のプライドを考えて下位での指名ではなかっただろう。指名後の入団交渉も熊谷組と西武側でいろいろ調整が大変だったと聞く。出来レースであれば、こんなことはないはずだ。実際に、早くから社会人熊谷組に行くと表明していた工藤はプロに行く気などさらさらなかった。だがドラフトから数日が経った夜に、根本が工藤家に訪れた。晩飯を食べ酒を酌み交わしながら、父・光義と意気投合して話し込んでいる。
「おい、起きろ!」
父・光義の声がする。「なんだ?」。時計を見ると夜中の三時だ。
「おい、公康、お前プロに行け!」
無理矢理叩き起こされた工藤が寝ぼけ眼で見ると、上機嫌で酔っ払っている父・光義は真っ赤な顔して「いいな、西武へ行け」と叫んでいる。
「うん、わかった」
工藤は眠くて仕方がなかったため、生返事をして再び床についた。結局、工藤は熊谷組ではなく西武ライオンズを選んだ。
◆「こいつは二軍に置いていたらだめだ」広岡の決断
「いいカーブ放るな」
自主トレ中のピッチングを見て、広岡は一目で工藤は使えると感じた。
工藤のカーブは、〝うまく目の錯覚を起こしながら投げる変化球〟と自ら言うだけあって、一瞬浮き上がるような軌道を描く。バッターとピッチャーとのちょうど中間あたりで 一気に急降下するため、パッと視界から消えるような感覚に陥る。工藤自身もどれくらい曲がっているかはわからない。その日の打者の反応を見て大体の球筋を予測する。
広岡は、自主トレ期間、春季キャンプと工藤をじっと観察し性格を分析していた。
「こいつは、二軍に置いていたらだめだ。小利口だから周りに合わせてしまう。一軍で俺のもとで育てよう」
スタッフ会議の場でそう公言した。広岡がピッチャーを技術的に分析する際にまず見るのはフォームだ。変則でも自分に合った投げ方をしていればいいが、肩肘に負担がかかる投げ方ならば二軍からスタートだ。次にスタミナ、そしてメンタルだ。ストレートや変化球はプロに入るレベルなのだから一定水準は満たしている。そのうえでピッチャーは健康で長持ちできることがまず先決。工藤は、実に理に適った投げ方をしていた。
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