「漫然と野球をやっていた」広岡達朗の指令によりアメリカへ飛んだ工藤公康の“覚醒前夜”
日刊SPA! / 2024年3月13日 15時51分
このときから周りを見なくなり、己を信じてトレーニングに没頭した。今までは「これぐらいやっとけばいいか」とどこか余力を残していたが、「まだまだ」と自分を追い込むようになった。スポンジが水を吸収するように技術が伸び、プロ入り時と比べて三年目のシーズン終了後には最高球速が10キロ以上アップした。
カリフォルニアリーグが終了し、いったん帰国して一〇月からアリゾナの教育リーグにも参加した。引率者は同じくコーチの和田だ。「工藤の顔つきが変わった。カリフォルニアで何か摑んだな」。和田は工藤を一目見てすぐに感じた。
〝坊や〟と呼ばれてヘラヘラしていた男が一皮剝けようとしている。一カ月半の教育リーグも終わり、心身ともに逞しくなって帰ってきた工藤は、秋季キャンプが終わっても、オフ返上で引き続きトレーニング を続けた。
一二月二七日、年内最後のトレーニングとして第三球場で二つ下の渡辺久信と一緒に投 げ込みをやった。「バシッ!」「ナイスボール」。ブルペンキャッチャーが心地よいキャッチ音を鳴らし、タイミングよく声をかけてくれる。ボールへの指のかかりもよく、腕もよく振れている。ボールが走っているのが自分でもわかる。
「やっとプロらしい球を投げるようになったな」
後方から声が聞こえ、振り返るとトレンチコートを羽織った広岡の姿があった。「監督!」。工藤はびっくりして声を出す。
「続けろ」
「はい」
工藤は反射的に答えた。
工藤と渡辺はアイコンタクトをし、互いに熱のこもったピッチングを披露した。工藤は、褒められたあとに正直ガッツポーズしたい気持ちだった。
この年の暮れの第三球場で、工藤と渡辺の若きエース候補たちが切磋琢磨して投げている姿を見て、広岡は若干口元が緩んだ。
「こいつらが来年、投手陣の柱になれば間違いなく優勝できる」
第三球場の外野の芝は茶色く枯れ上がっているけれど、春になれば青々とした芝に生え変わる。ベテランの力に頼って優勝を手にしたが、本当の意味で西武ライオンズが誕生するのは、来年からだ。乾いた空気を切り裂くように二つのミット音が交互にテンポよく鳴り響くのであった。
(次回へ続く)
※工藤公康も出場する西武ライオンズ初のOB戦「LIONS CHRONICLE 西武ライオンズ LEGEND GAME 2024」が3月16日(土)にベルーナドームにて開催予定。
【松永多佳倫】
1968年生まれ。岐阜県出身。琉球大学卒。出版社勤務を経て2009年8月より沖縄在住。最新刊は『92歳、広岡達朗の正体』。著書に『確執と信念 スジを通した男たち』(扶桑社)、『第二の人生で勝ち組になる 前職:プロ野球選手』(KADOKAWA)、『まかちょーけ 興南 甲子園優勝春夏連覇のその後』、『偏差値70の甲子園 ―僕たちは文武両道で東大を目指す―』、映画化にもなった『沖縄を変えた男 栽弘義 ―高校野球に捧げた生涯』、『偏差値70からの甲子園 ―僕たちは野球も学業も頂点を目指す―』、(ともに集英社文庫)、『善と悪 江夏豊ラストメッセージ』、『最後の黄金世代 遠藤保仁』、『史上最速の甲子園 創志学園野球部の奇跡』『沖縄のおさんぽ』(ともにKADOKAWA)、『マウンドに散った天才投手』(講談社+α文庫)、『永遠の一球 ―甲子園優勝投手のその後―』(河出書房新社)などがある。
―[92歳、広岡達朗の正体]―
外部リンク
この記事に関連するニュース
-
移籍後大暴れする山川穂高の獲得は「ホークスにとって本当にお得だったのか?」…SBで“ドラフト上位”が育たない悲しい理由
集英社オンライン / 2024年5月18日 12時0分
-
【巨人】菅野智之「思い出に残る三振になりました」 村上宗隆から通算1500奪三振 リーグトップタイの4勝目
日テレNEWS NNN / 2024年5月12日 9時0分
-
【監督が選手に殴られるんだから】江夏豊×田淵幸一×掛布雅之が語る阪神暗黒時代、「優勝しなくていい事件の真相」「幻の掛布トレード案」
NEWSポストセブン / 2024年5月10日 6時58分
-
【江夏豊×田淵幸一×掛布雅之の初鼎談】ライバルたちが見た長嶋茂雄秘話「俺のミットを“カンニング”するんだよ」「バッターボックスから出てるんだよ」
NEWSポストセブン / 2024年5月9日 7時12分
-
阪神2軍先発・西純が7回無失点の好投 和田2軍監督「純矢らしいピッチングができた」
スポニチアネックス / 2024年5月5日 16時46分
ランキング
-
1レーバークーゼンが歴史的快挙!ドイツ1部史上初シーズン無敗優勝達成 クラブ初の“欧州3冠”へ弾み
スポニチアネックス / 2024年5月19日 0時28分
-
2宮田笙子、NHK杯13年ぶり3連覇で初五輪切符 岸里奈、岡村真、中村遥香が五輪代表決定
スポーツ報知 / 2024年5月18日 16時12分
-
3巨人・坂本勇人「いい感じで打てました」 “ミスター超え”187度目猛打賞
スポニチアネックス / 2024年5月18日 19時32分
-
4大谷翔平、メジャー8冠→5冠に後退 4の0で2試合ぶり無安打…リーグでは7冠
Full-Count / 2024年5月19日 12時38分
-
51014億円男・大谷翔平が生んだ“今季最高”の光景 米国でも話題沸騰「大金が支払われた理由」
THE ANSWER / 2024年5月18日 19時33分
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
エラーが発生しました
ページを再読み込みして
ください