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薬物依存で虐待サバイバーの女性32歳が語る“薬なしでは生きられなかった”ワケ「依存的に使う人の背景にあるもの」

日刊SPA! / 2024年5月22日 8時52分

「家では常に偉そうで頭を下げたことがない母が、被害者のご家族に頭を下げました。その時、被害者のご家族に『その子が代わりに轢かれればよかった』と泣きながら言われました。今考えれば、それくらいつらくもなるだろうと思えます。だけど、当時は、世の中の大人は母も含め、私がいなくなればいいと思っているんだと衝撃を受けました」

 その経験はトラウマとなり、風間氏は二度と大人に頼らないと心に誓った。

◆「犯罪者の娘だから」といじめられる日々

 その事故で父は交通刑務所に入所し、両親は離婚。風間氏は母子家庭で育つことになる。それが薬物に依存していく最初のきっかけともなる。

「5年生で転校するまで、学校や地域では『犯罪者の娘』と指をさされ、いじめられていました。転校先にはやんちゃな同級生たちがいましたが、彼らとはすぐに打ち解けました。それぞれ家庭が複雑で、大人に期待していないような子たちだったからでしょう」

 子どもなのに、自立して生きていかなければ生きられない。だけど、現実の社会では、小学生にお金を稼ぐ手段はない。

「基本的には、親がいる子の家でご飯を食べていました。私たちに優しくしてくれるのは、刑務所に出入りしているようなアウトロー寄りの大人だけでしたね。まともな大人は、不良だとレッテルを貼る。アウトロー寄りの大人のほうが自分たちの気持ちに寄り添ってくれました」

 そんな環境の中で、同級生たちとともにお酒・薬物・喧嘩を繰り返す日々を送るようになる。だけど、その頃は、友だちと一緒にいるときに薬物を使用するだけだった。

◆ODを繰り返す…児童自立支援施設での生活

 そんな暮らしを送る中で、中1の頃に補導され、児童自立支援施設に入所することとなる。

「児童自立支援施設では、精神科に通院させられました。解離性障害(自己や記憶が分離する症状が見られる、トラウマ性の精神障害)と診断されました。記憶をなくしてしまうので、その間にしたことを覚えていませんでした。それなので、施設では『嘘つき』と言われ、いじめられました」

 いじめに対し、職員がフォローしてくれることもなく、厳しい決まりがある日々の中で病状は悪化。そのたびに処方薬は増えていった。

「通常の処方薬の他に、頓服で、不穏時の向精神薬を処方されていました。飲んでいるふりをしてブラジャーのパットなどに薬を溜めて、一気に飲みこんでOD(オーバードーズ)をしました。目が覚めると病院でした。こうすれば自分を痛めつけるあのつらい施設から逃げられるんだ、と学習してしまいました」

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