日本人は前例主義から脱却できるか? 押印廃止では印鑑業者への「割増退職金」も一手
LIMO / 2020年11月16日 8時0分
日本人は前例主義から脱却できるか? 押印廃止では印鑑業者への「割増退職金」も一手
押印廃止をスムーズに進めるためには、印鑑業者に「割増退職金」を支払うことが有益だ、と筆者(塚崎公義)は考えています。
政府は押印文化の見直しへ
政府は、押印文化を見直すことにしたようです。もともと押印には法律的な意味があるわけではないので、これを廃止すれば行政の効率化になるでしょう。決済文書への押印は電子化すれば良いでしょうし、各種届出への押印は不要でしょう。100均で買ってきた三文判を押せば良いのなら、押さなくても同じですから(笑)。
これに倣って民間でも押印廃止の動きが出てくることが期待されます。「在宅勤務なのに押印のために出社した」といった話も聞かれるので、決済印は電子化すれば良いですし、契約は両者が合意すれば成立するので、押印は法的には不要ですから。
印鑑製造業者への配慮が必要
問題は、印鑑製造業者が一気に仕事を失ってしまいかねないことです。競争に負けて仕事を失うリスクはビジネスを行う際には当然にあるわけですが、今回はそれとは事情が異なります。
政府が「気が変わった」からビジネスを失う、というのは可哀想な気もしますし、何よりも反対運動が起きかねないからです。競争に負けて退出する企業は、勝者に対して反対運動を起こすことができませんが、政府の方針変更で退出を迫られる企業は政府に対して反対運動をすることが可能ですから。
万が一にも印鑑業界の反対によって押印文化の見直しが滞るようなことになっては、損失が大きすぎます。したがって、彼らに静かに退出してもらうために「廃業奨励金」を支払うのです。
会社の都合で従業員に辞めてもらう場合、解雇するのはかわいそうだし反対運動も起きそうだから、「割増退職金」を支払うことで円満に退職してもらおう、というのは企業では珍しくないでしょうから、今回もその発想を応用しよう、というわけです。
正義の問題は若干面倒だが
廃業奨励金など不要だから、どうしても印鑑製造業を続けたい、という業者もあるでしょう。そういう業者を無理に廃業させるのはかわいそうだ、ということは言えそうです。
彼らに廃業してもらうことが国全体としては利益になるわけですが、だからと言って「絶対嫌だ」という人を無理矢理廃業させるというのはいかがかと思います。
もっとも、そうした業者は腕が良いでしょうから、実印等々のニッチな分野で生き残っていけるでしょう。過度な懸念は不要でしょう。
反対に、なぜ印鑑製造業者だけを優遇するのか、という議論もあるでしょう。それについては、政府の都合で酷い目に遭う人には原則として補償すべきだ、と考えます。たとえば新型コロナ対策として、休業要請を受けて休業した飲食店等々です。
もっとも、政府が外出自粛要請を出したことで売り上げが落ち込んだ飲食店にまで補償するとなると、自粛要請と売上減少の因果関係の立証が難しいので、持続化給付金といった措置になるのでしょうが。
離島からの移住にも「割増退職金」を
少人数の高齢者だけが住む離島があったとすれば、彼らに「移住奨励金」という名目で「割増退職金」を支払い、離島から移住してもらう、という選択肢があるでしょう。山奥の寒村の住民や、「コンパクトシティ計画」の敷地外の住民などに対しても同様です。
彼らのために巨額の財政支出を続けるよりも、移住奨励金を支払った方が遥かに安上がりだからです。印鑑製造業者に割増退職金を支払って行政サービスを効率化した方が安上がりだ、というのと似た発想ですね。
バブル崩壊後の長期低迷期には、離島等への行政サービスは失業対策という意味合いもありましたが、少子高齢化による労働力不足の時代には、その分の労働力を介護等に振り向けるべきでしょうから。
もちろん、「生まれ育った離島を離れたくない」という人に無理に移住してもらうことはできませんが、「割増退職金」の発想で、比較的高額の移住奨励金を用意すれば、応じてくれる人も多いのではないかと思われます。
「押印は必要だ」という思い込みを廃して行政の合理化を考えるべきなのと同様に、「離島等の住人がいる以上、行政サービスを提供するのが当然だ」という思い込みを一度廃してみて、冷静に選択肢を検討してみることが求められるわけです。
「新人の素朴な疑問」を大切に
押印文化の見直し、離島への行政サービスの見直しを例に挙げましたが、これを機に「前例踏襲」の文化が見直されると良いですね。「どうして押印するの?」「今まで押印していたから」ということが続かないように、というわけです。
民間部門にも「これまで行ってきたから」ということは多数あるはずですから、それらを見直せば、日本経済の生産性が大いに高まるかもしれません。
そのためには、その組織に長く在籍している人でない「新人」の疑問を大切にすることも選択肢でしょう。本当の新人でも良いですし、配置転換されてきたばかりの人でも良いでしょう。そうした人々の「素朴な疑問」を多数聞き出して、それに対して「そんなことは当然だ」という以外の回答を考えてみると良いかもしれませんね。
たとえば、「今日の会議、メールやオンラインじゃダメだったんですか?」という質問に正面から答えることができないならば、次回から会議の半分はメールで、3割はオンラインで行ない、2割だけ実際に集まる、といったイメージですね。
本稿は、以上です。なお、本稿は筆者の個人的な見解であり、筆者の属する組織その他の見解ではありません。また、厳密さより理解の容易さを優先しているため、細部が事実と異なる場合があります。ご了承ください。
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