やってはいけない!「つみたてNISAの売り時」とは?
トウシル / 2020年10月20日 13時13分
やってはいけない!「つみたてNISAの売り時」とは?
つみたてNISAの「売り時」に驚いた
ある会社が、個人のお金の相談を受けようというウェブサイトを作ろうとしていて、筆者は協力している。個人の家計のあれこれを改善する情報を提供しようとしている訳だが、その中で、つみたてNISA(ニーサ:少額投資非課税制度)についてサポートを提供するコンテンツが作成中であり、「つみたてNISAの『売り時』とは?」という項目が目を惹いた。
そして、中身を見て驚いた! 以下のような「売り時」が並んでいたのだ。
(1)お金がいるときが売り時
(2)2、3年前の相場より大きく上がっている時が売り時
(3)目標金額に到達した時が売り時
(4)元本の2倍になった時に、資産の半分を売却し元本分を回収する
(5)運用資金は老後までそのままで、老後は定率で少しずつ取り崩す
読者が、つみたてNISAを始めた初心者に教えるとしたら、どうアドバイスするだろうか?
因みに、筆者が「驚いた!」理由は、上記のいずれの項目も、ウェブサイトその他にあった、ファイナンシャル・プランナーなどの「専門家のアドバイス」だとスタッフから聞いたからだった。
以下、5つの項目について、率直な意見を述べる。
(1)お金がいるときが売り時
率直に言って、上記の5項目で素直に賛成できるのは、この意見だけだ。結論だけを知りたい読者は、「これだけが正解だ」と覚えておくといい。
お金は、将来使うために運用して増やすのであって、必要なときに取り崩して使えないと考えることは不適切だ。
つみたてNISAをiDeCo(イデコ:個人型確定拠出年金)と比較した場合の長所として、60歳以前でも資産を引き出して使うことができる流動性の高さがある。
杓子定規なアドバイザーなら、老後のお金の必要性を考えると、つみたてNISAの資産に手を付けるようでは生活設計が良くないと教えを垂れるかも知れないが、お金が必要になる場合は、人生の途中であっておかしくない。この場合に、借金をするよりは、つみたてNISAの資産であっても、取り崩す方が合理的な場合が多いだろう。
ただし、つみたてNISAの取り崩しには潜在的なコストがあることを忘れてはいけない。つみたてNISAのメリットは、運用で得た収益に課税されないことだが、資産の取り崩しはこれを放棄することを意味する。
運用資産の期待リターンを年率5%とすると、通常ならその約2割に課税されて4%になってしまうところを、5%そのまま手に入れることができるのがメリットだ。大雑把に年率1%のメリットがあり、このメリットを残りの運用年数分放棄するのがつみたてNISAの資産を「売る」ことの大まかな潜在コストだ。
各種の運用口座がある中で、つみたてNISAの口座は、通常最後に換金すべき口座である場合が多いだろう。また、つみたてNISAの口座の中でも、税制優遇の残存期間が短いより古い積立資産から売却するのが合理的だという順番になる。
一般NISAは最大5年の税制優遇なので、今のところ、つみたてNISAの資産よりも先に売却することが合理的な順番になることが多いだろう。
なお、厳密には、損得に「買値」が影響する場合がある。買値が高くて評価損が出ている資産の場合、期待できる非課税メリットが小さいので先に売ることが比較上「得」になる場合があるだろう。
比較計算をするためには、買い付け時期別の資産を期待リターン(例えば5%)でつみたてNISAの満期まで複利運用できた場合に受けることができる非課税メリットを比べることになり、なかなかに複雑だ。
ただし、大まかには、「お金がどうしても必要なときには売却してかまわないが、つみたてNISAの資産は売る順番が最後になる」と覚えておくと十分だろう。
(2)2、3年前の相場より大きく上がっている時が売り時
これは、「ひどくダメ」なアドバイスだ。このようにアドバイスする「お金の専門家」がいるとしたら、大いに軽蔑すべきだ。
つみたてNISAはせっかく20年の税制優遇期間があるのだから、これを短期間で放棄するのはもったいない。
また、せっかく大きく値上がりしたのなら、今後複利で運用する効果が大きいので、「なおさら、もったいない!」と考えるべきだ。
また、「2、3年前の相場よりも大きく上がっているとき」の次の期間に、株価が下落する確率が大きいとは言い切れない。株式のリターンに平均回帰的な傾向が生じる期間はあるが、これは安定的な傾向とは言えない。「事後的に」株価のグラフを見ると、いかにも平均回帰が起こっているかのように感じる場合があるが、「現在が、株価の中期的ピークなのか、ピークを目指す途中なのか」は判断できない場合が殆どだ。
「2、3年前の相場」など参考にならない。
(3)目標金額に到達した時が売り時
これも、ひどいアドバイスだ。
「お金は、余計にあって邪魔になるものではない」と申し上げておこう。お金が効率的に増えて困ることなどない、と考えるのが普通だ。
(4)元本の2倍になった時に、資産の半分を売却し元本分を回収する
これも、有害なアドバイスだ。我流にしても、筋が悪すぎる。
資産運用にあって、元本と値上がり益を区別して、この区別に拘ることは判断を歪める元になる場合が多い。なるべく長い期間複利で運用して、非課税メリットを大きく取りたいつみたてNISAにあって不適切であることは明らかだろう。
なお、つみたてNISAでなくても、このようなルールは全く役に立たない。
(5)運用資金は老後までそのままで、老後は定率で少しずつ取り崩す
老後まで運用を続ける点は、(2)、(3)、(4)よりも遙かにましである。また、ある程度の計画性を持っていることは好ましいし、分配金の大きな投資信託や高配当株のインカムゲインを頼ろうとしない点も考え方として良い。
ただし、他の運用資産の状況にもよるが、つみたてNISAの資産も一律に取り崩すのだとすると、非課税効果を十分生かせない点で「もったいない」。つみたてNISAに関するアドバイスとしては不完全だ。
また、老後の資産取り崩しの方法としては、最晩年に必要な資産額と余裕を持って見積もった余命とを元に取り崩し可能額を計算して計画的に取り崩す方がシンプルであると同時に確実だ。
「〇%で運用して、×%で取り崩すと、資産が長持ちする」と称するアドバイスを少なからず見かけるが、将来の運用益を見込んで早目に大きな額を取り崩すと、資産が足りなくなるリスクがあり、不適切だ。「老後」の初期に取崩額が過大になりやすい。老後の資産の取り崩し方として、「定率法」は適切ではない。
つみたてNISAを合理的に考えよう
つみたてNISAは、投資の初心者も利用しやすい良い制度だが、制度の仕組みをよく考えて合理的に扱わないと「もったいない」。(1)で考えたように、取り崩しの潜在的コストを厳密に計算するのは意外に複雑だが、大まかに言うと、なるべく取り崩さずに最大限長く続けることが適切な場合が多い。
今回はつみたてNISAが題材だったが、不適切な思い込みに基づく質の悪いアドバイスが世の中にあふれていることにあらためて驚いた。この問題に限らず、ネットや雑誌などの記事を簡単に信じないように注意して欲しい。「果たしてそれは合理的なのか?」、「損得を計算してみるとどうなっているのか?」と疑問を持ちながら記事を読むようにしたい。
(山崎 元)
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