国際経済は戦争を回避しつつ秩序を取り戻せるか ケインズ著『新訳 平和の経済的帰結』(書評)
東洋経済オンライン / 2024年1月17日 9時0分
戦争の時代に足を踏み入れた今、国際経済の未来をどのように考えるべきなのか。
1919年、第一次世界大戦終戦直後に同様の問題に立ち向かった人物が、20世紀最高の経済学者とも称されるジョン・メイナード・ケインズである。
彼の国際経済観を描いた『平和の経済的帰結』(1919)は、二度の大戦の戦後処理と現代まで続く国際経済の枠組みの発端となった書であり、これからの世界秩序を考える、最良のバイブルとも言える。
本記事では、経済思想を専門とする京都大学准教授の柴山桂太氏が、『新訳 平和の経済的帰結』(山形浩生訳・解説)の現代的意義を読み解く。
いまだ答えがでない第一次大戦の正しい終わり方
古典と呼ばれる本には二種類ある。出版当時はほとんど話題にもならなかったが、後に名声が高まり、時間をかけて古典としての地位を獲得した本。もう一つは、出版の段階からベストセラーになり、著者の没後も繰り返し参照されて、時代ごとに新たな解釈を呼び込む本である。
ケインズの『平和の経済的帰結』は、後者の典型と言える。ヴェルサイユ講和会議が結ばれてわずか半年後に出版された本書は、本国イギリスのみならず、世界中で翻訳されて大評判になった。講和会議を主導した政治家たちの前時代的な国際秩序観に手厳しい論評を加え、敗戦国ドイツへの過大な賠償請求を非難し、このままでは中欧諸国の不満がいずれ悪しき独裁者の台頭を招くと予言し、その暗い未来予想を覆すべくドイツへの寛大な復興支援を提言したケインズは、この後、激しい毀誉褒貶の渦に巻き込まれることになる。
敗戦国のドイツやオーストリアでは、ケインズの名声は否応なく高まった——同時代にオーストリアの大蔵大臣を務め、ヴェルサイユ会議の内容に憤慨していたシュンペーターは本書への称賛を惜しまず、ケインズのもっとも偉大な著作であると繰り返し言及することになる——が、フランスでの評価は低く、ケインズの影響力のせいでドイツを十分に弱体化できなかったことが、後にナチスドイツの台頭を招いたのだ、とする論難の書まで生むことになった。
その後も、第一次大戦の終わらせ方が正しかったのかをめぐる論争において、『平和の経済的帰結』は繰り返し取り上げられることになるだろう。ケインズの慧眼を評価する声がある一方で、状況認識の甘さや間違いを指摘する声も後を絶たない。第一次大戦の勃発から今年は110年目となるが、その終結となったヴェルサイユ条約を論難した『平和の経済的帰結』の評価は、今も完全には定まっていない。その意味で、本書は今もなお問題含みの書である。
第一次大戦前夜と現代の共通点
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