国際経済は戦争を回避しつつ秩序を取り戻せるか ケインズ著『新訳 平和の経済的帰結』(書評)
東洋経済オンライン / 2024年1月17日 9時0分
代わりにケインズが呈示したのは、復興のためのビジョンである。戦前から戦後にかけての世界経済の構造変化、社会心理の変化を踏まえて、どのように経済を復興させるのか。ドイツへの復讐的懲罰を望む政治家・大衆の世論に逆らって、新たな秩序ある平和をいかに実現すべきなのか。
本書でのケインズは、敗戦国の国力を削減して二度と再生させまいとする旧式の国際秩序観に反旗を翻し、ドイツの復興がヨーロッパ経済の、ひいては世界経済の復興に不可欠であると示そうとした。
この点、ケインズは悲観的であると同時に楽観的でもある。第一次大戦の最中から、ケインズはこの戦争がヨーロッパ文明の没落を招くことを予感していた。ヴェルサイユ講和会議にイギリス大蔵省の一員として参加した際も、交渉が進むにつれて未来への絶望を深めていた。
だが、ケインズは復興の希望を決して諦めなかった。どん詰まりの状況の中でも、状況を打開しうるわずかな可能性を探し、世論に逆らってもその可能性を広げるために戦う。政治家に働きかけるだけでなく、世論に訴えて状況の改善を図る。そのためには自分の名声を利用することさえ厭わない。状況認識において悲観的であっても、行動意志において楽観的であろうとする。
後にケインズを特徴づけることになる思考の基本形は、『平和の経済的帰結』において十全に展開されている。
現代も悲観主義ばかりで考える必要はない
2024年を迎えた今日、世界はふたたび混沌へと向かっている。世界各地の紛争地域は拡大しつつあり、いつ大国間の直接衝突を引き起こすか分からない状況にある。保護主義の台頭によって世界経済は分断に向かい、グローバルに展開されたサプライチェーン(供給網)を担う企業も、かつてない不確実性に直面している。この先、大きな戦争が引き起こされるかどうかは、誰にも分からない。
だが、現代のグローバル化がどのような結末を迎えたとしても、悲観主義にばかり足を取られる必要はない。戦争を回避しつつ現在の国際分業体制を修正していく余地はまだある。仮に戦争が起きたとしても、その後に適切な国際経済秩序を構想する未来を諦めるべきではない。不確実な未来に対して、そのような楽観的な意志を持ち続けようとする人びとにとって、ケインズの『平和の経済的帰結』は、出版から100年以上が経った今日でも、現代の「生きた古典」として、有益なヒントを与えてくれるはずである。
※近年は、ケインズに関する良書の出版が相次いでいる。ケインズのドラマチックな生涯については、ロバート・スキデルスキーによる『ジョン・メイナード・ケインズ(上・下)』(村井章子訳、日本経済新聞社)を、ケインズが時事評論を通じて自らの経済学を深化させていった経緯については伊藤宣広『ケインズ』(岩波新書)を、参照されたい。どちらにも、『平和の経済的帰結』の執筆経緯について詳しい解説がある。
柴山 桂太:京都大学大学院人間・環境学研究科准教授
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