国際経済は戦争を回避しつつ秩序を取り戻せるか ケインズ著『新訳 平和の経済的帰結』(書評)
東洋経済オンライン / 2024年1月17日 9時0分
現代人の目からすると、なぜグローバル化した世界で、世界を分断する大戦争が起きたのかが気になるところである。この問いにケインズは正面から答えていない。代わりに提示されるのは、戦前のグローバル経済が、実に危うい均衡の上に成り立っていたという事実である。
19世紀のヨーロッパは、人口増加による食料や原材料の需要を、アメリカ大陸からの輸入によってまかなっていた。ヨーロッパ旧大陸の余剰資本が新大陸に流れ込み、その投資による食料や原材料の生産増と、旧大陸から新大陸への移民増が、人口増による「マルサスの悪魔」の到来を防いでいた。
ところが第一次大戦は、この状況を一変させてしまった、とケインズは言う。アメリカ合衆国での人口増は、余剰食料の旧大陸への輸出を滞らせている。新大陸への余剰資本の流出を支えていた旧大陸の住民の貯蓄習慣も、社会心理の変化によって失われてしまった。ひたすら働いて貯蓄するという、19世紀の「ピューリタニズムの各種本能」は、人びとの消費生活が向上するにつれて過去のものとなりつつあった。
世界システムの周縁で生じた食料不足は、ロシア革命などの社会動乱をすでに引き起こしていた。この先、ドイツの産業競争力を奪い、過大な賠償金を課し、当時中東欧で生まれつつあった国際分業の仕組みに打撃をあたえれば、政情不安はさらに深刻なものとなるだろう。
人間は、急激な生活水準の低下や食料不足に耐えられない。「人は必ずしも黙って死ぬとは限らない。というのも、飢餓は一部の人々を何かしらの無気力や寄る辺ない絶望へと導く一方で、他の気分もかき立てて、人びとをヒステリーや狂乱した絶望といった、神経質な不安定性へと導くからだ」。ドイツやオーストリアのような人口稠密地域で、まともに食料を手に入れられない状況が続くのみならず、過大な賠償金を課せられ、その賠償金を支払うための外貨獲得の手段さえ懲罰的に奪う戦後体制は、本当に恒久平和を実現しうるだろうか。本書に一貫して流れるのは、そのようなケインズの義憤である。
本書を読むと、戦争を終えることの難しさを痛感する。戦争がなぜ始まったのか、この戦争の責任は誰にあるのか、といった議論はどの戦争にもつきものである。政治家も民衆も、戦争の当事国であればあるほど、誰が戦争の罪を負うべきかについての議論に熱中することになる。
状況認識には悲観的でも行動意志には楽観的
だが、ケインズは本書で、この手の原因論や責任論にはほとんど触れていない。そういう議論は、同時代にいやというほど展開されていたからだ。
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