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AI社会では「文系・理系」の融合こそ喫緊の課題 専門課程後に「教養教育」を大学で学ぶべき理由

東洋経済オンライン / 2024年3月15日 10時40分

その中で、理系科目と文系科目の違いで大変面白いことがわかりました。理系科目は教える内容の概念のネットワークが密で、都市のネットワークのように密接につながっている。一方、文系科目はムラのネットワークで、その世界の外とはあまりつながっていない。例を挙げれば、平安文学がわからなくても経済や法律を学ぶことに大きな問題は生じないといった感じです。

文系・理系人材の強みと弱み

松尾:ところが、理系科目の場合は、すべてが密につながっていて、ある概念を理解できないと、脳梗塞を起こしたときのようにその先のネットワークすべてがわからなくなってしまうのです。一度わからなくなるとメタ認知学習者でない限り戻れないため、そこから先が理解できなくなってしまうのですね。つまり、ほとんどの人が、理系科目ではどこかで脱落することになる。上のレベルに行くにつれて、ふるいにかけられるように脱落し、最後まで脱落しなかった人が理系で、脱落した人が文系になる。

つまり、途中で脱落した人をサポートするような双方向で教育の仕組みができていれば、もっと多くの人を理系に残すことができ、いまのように、明確に文系・理系に分ける必要もないはずなのです。テクノロジーが進む社会においては、急務の問題と思っています。

面白いのは、早くに脱落した文系の人間は、自分には不得意なものがあって、不得意なものを克服するには人の助けを借りなければいけないと早くから気づくので、何かを成し遂げるにはみんなで協力すること、チームの力が必要だと、社会で当たり前のことを早い時期から理解できていることが逆に強みになることです。

その結果、組織の中で活躍する人は文系人材が多くなる。逆に理系の人は、自分は全部わかるという、ある種の万能感を持っているため、社会に出て活躍しづらいという構造があると思っています。

ですから、数学や理科などについて、復習できる仕組みをきちんと作れば、文系の人でももっと理系の技術や理論について理解できるようになると思いますし、逆に、理系の人も自分の弱みを早くから理解する機会を作ることで、協力することや助け合うことの必要性を早くから知ることができ、社会で活躍する人がもっと増えるはずです。

堀内:いまのお話は目からうろこですね。文系科目と言われる学問、特に社会科学系は、まず現実に世の中の動きがあって、それに実際にどう対応するかということを考えていくものです。実社会の経験がない人が、こういった学問を勉強すると、頭の中だけでとんでもなくナンセンスなことを考えたり、理屈を重視しすぎて、とんでもない方向に行ってしまったりするリスクを感じています。

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