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福永祐一「調教師への転身」延期して良かった理由 自分に言い訳し、今いる場所から逃げようとしていた

東洋経済オンライン / 2024年4月14日 20時0分

全盛期のトップジョッキーが突如、調教師に転身することとなった理由とは(写真:Fast&Slow/PIXTA)

誰もが「天才ジョッキー」と評する父・福永洋一が果たせなかった日本ダービー制覇、無敗のクラシック三冠。まさに全盛期のトップジョッキーが突如、調教師に転身――。その大きな原動力になったものとは?

福永祐一さんの著書『俯瞰する力 自分と向き合い進化し続けた27年間の記録』より一部抜粋、再構成してお届けします。

そろそろ調教師を目指して…現実からの逃避

北橋厩舎、瀬戸口厩舎の解散と岩田康誠くんの中央移籍が重なり、自分の限界を感じ始めていた2007年、エイシンドーバーに騎乗した京王杯スプリングカップで、その年初めて重賞を勝つことができた。勝利ジョッキーインタビューで思わず出た言葉が、

「これでもう少しジョッキーを続けられそうです」

周囲はこの発言に驚いたそうで、翌日のスポーツ紙でもかなり大きく取り上げられたが、自分としては冗談でも何でもない、本心だった。

思えば、精神的に最も追い込まれていて、ジョッキーを辞めることも本気で考えていた時期。だからこそ、この勝利に救われた気がしたのだ。

とはいえ、この1勝で一気に霧が晴れたわけではない。ジョッキーとして自分にはもう伸びしろはないと思っていたし、このまま頑張ったところでどうせ一番にはなれないのだから、調教師を目指すという道もそろそろ考えなければ……。そんなことを考えながら、しばらくは悶々とした日々を過ごしていた。

でも、今ならはっきりとわかる。これは明らかに自分への言い訳であり、調教師への転身にしても、つらい現実からの逃避である。傷つきたくないから、傷つく前に自分を守る。こうした一面は子供の頃からあって、それは今でも少なからず残っている。

それにしても、あのとき調教師を目指さなくて本当によかった。

結果論だが、あの状況で「ジョッキーがダメなら調教師に……」なんていう考えで仮に転身できたとしても、うまくいくはずがないのだ。なぜなら、何の行動も起こさず、頭の中だけで自分を追い込んで、自分で自分に言い訳し、今いる場所から逃げようと思っていただけなのだから。

もし、あのときに調教師を目指していたら──ほんの少しのボタンのかけ違いで、良くも悪くもまったく違う人生につながる。そう考えると、背筋が凍る思いだ。

リーディングなんて獲れるわけがない

何かで一番になりたくてこの世界に入ったからには、当然「いつかはリーディングジョッキーに」という思いはあった。

自分がデビューしてからというもの、2008年まで全国リーディング1位はずっと(武)豊さんで(2001年のみ蛯名正義騎手※現調教師)、なかでも2003年から2005年は3年連続年間200勝超えと、それはもう圧倒的だった。

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