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周囲の人々を戸惑わせた、光君の「大胆な申し出」 「源氏物語」を角田光代の現代訳で読む・若紫③

東洋経済オンライン / 2024年4月28日 16時0分

「こちらにいらっしゃいます女の方はどなたですか。そのお方の素性を確かめてみたいと思う夢を見たことがあります。今日、こちらに参って思い出しました」

光君が言うのを聞いて僧都は笑う。

「ずいぶんと突然の夢のお話でございますね。お確かめになったところでがっかりなさるのがオチでございましょう。按察大納言(あぜちのだいなごん)は亡くなってから久しくたちますので、ご存じではありますまい。その妻がわたくしの妹でございます。その按察が亡くなって後、尼になっておりますが、このところ病み患うようになりました。ご覧の通りわたくしが京にも出ずに山ごもりしておりますので、ここを頼りにしてこもっているのでございます」と、僧都は話す。

だからあのお方に似ているのか

「その大納言にはご息女がいらっしゃると伺ったことがありますが……。いえ、色めいた気持ちではなくて、真面目に申し上げているのですが」と光の君は当てずっぽうに言ってみる。すると僧都は話を続けた。

「娘がひとりおりました。もう亡くなって十数年になりますか。父である大納言が、入内(じゅだい)させようとたいそうだいじに育てていましたが、その望みを見届ける前に自分は亡くなってしまいましたので、妹が苦労して育て上げました。それが、いったいだれが手引きしたものやら、兵部卿宮(ひょうぶきょうのみや)さまがお忍びで通ってこられるようになりましたんですが、兵部卿宮さまのもともとの奥さまはご身分の高い方で、娘には心の休まらないことが多くて、明けても暮れても思い悩んで、とうとう亡くなってしまいました。気苦労から病気になるものだということを、目の当たりにしましてね……」

ということは、あの女童は、兵部卿宮とその亡くなったひとり娘との子なのだろうかと光君は考える。先帝の皇子(みこ)である兵部卿宮は藤壺(ふじつぼ)の兄、なるほどだからあのお方に似ているのかと思い、なおいっそう心惹かれ、我がものにしたいと思う。品格があってかわいらしいし、なまじっかの小賢(こざか)しさもないようだし、親しくともに暮らして、思いのままに教育して成長を見守りたい。

「それはたいそうお気の毒なことですね。そのお方は、お残しになった忘れ形見の御子もいらっしゃらないのですか」

あのあどけない少女の素性をなおはっきりと確かめたくて光君はそう訊いた。

「亡くなります直前に生まれました。それも女の子でした。女の子ですから心配の種も尽きないと、老い先短い妹は嘆いております」

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