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周囲の人々を戸惑わせた、光君の「大胆な申し出」 「源氏物語」を角田光代の現代訳で読む・若紫③

東洋経済オンライン / 2024年4月28日 16時0分

その声がじつに若々しく、また気高いので、どんなふうに話していいのか決まり悪く思いながら、「どのようなご案内をいたせばよろしいものやら、わかりかねますが……」と女房は困惑している。

なんて大胆なことを

「なるほど、だしぬけに何を、と不審に思うのももっともですが──

初草(はつくさ)の若葉のうへを見つるより旅寝の袖(そで)も露ぞかわかぬ
(初草の若葉のようなかわいらしいあの方を見かけてから、旅寝の衣の袖も恋しさの涙の露に濡(ぬ)れて、乾くことがないのです)

お取り次ぎくださいませんか」と君は伝えた。それを聞いた女房は、

「そのようなことを伺って理解できるような方はここにはいらっしゃらないと、ご存じなのではございませんか。いったいどなたにお取り次ぎいたしましょう」と答えるが、

「こんなふうに申し上げるのにはしかるべきわけがあると、お考えになってください」と君がなお言うので、女房は下がってそれを尼君に伝えた。

まあ、なんて大胆なことを。姫君が男女のことがわかる年齢だとお思いなのかしら。それにしても、あの「若草」の歌をどこでお聞きになったのでしょうね……と、尼君はあれこれと不審がって気持ちが乱れるが、返事が遅くなっては失礼にあたると思い、

「枕ゆふ今宵(こよひ)ばかりの露けさを深山(みやま)の苔(こけ)にくらべざらなむ
(今宵だけの旅寝の枕に結ぶ草の露を、深山に住む私どもの苔の衣の露とお比べにならないでください)

私どもの袖こそ乾きそうにございませんのに」と、返歌を伝えた。

「このようなお取り次ぎを介してのご挨拶は、私にはまったくはじめてのことです。恐縮ではございますが、真面目に申し上げたいことがあるのです」と光君が伝えると、

「何を誤解なさっているのでしょう。本当にご立派なご様子ですから、ご対面してどのように返答してよいのやらわかりません」と尼君はためらっている。

「けれど、決まり悪い思いをさせてしまってはいけませんから」と、女房たちは対面を勧めた。

「そうですね、年若い女性なら困ったものでしょうが、そうではない私ならかまいますまい。御心をこめておっしゃってくださるのだから、畏れ多いことです」と、尼君はいざり寄った。

亡くなられたという母君のかわりに

「はじめてお目にかかりますのに突然こんなことを申し上げては軽薄と思われるかもしれませんが、私自身はいたって真剣です。御仏はもとより私の真意をお見通しと思います」

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