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日本企業が「大企業病」を脱するための処方箋 巨大企業「日立」の壁はとてつもなく高かった

東洋経済オンライン / 2024年4月30日 9時30分

「自分のしたことは、日立という巨大企業の中にいくつも立ちはだかっていた壁を叩き壊す作業だった」という東原氏(撮影:梅谷秀司)

2009年3月期に7873億円という製造業史上最大の赤字(当時)を出した日立製作所。幸い、未曾有の危機に際して経営を引き継いだ川村隆・中西宏明両氏の大ナタによって急速に立ち直った。

世間からは「奇跡のV字回復」と喝采を浴びたが、実は改革は道半ばにあった。不測の事態がふたたび起これば、二番底を打つ状況になりかねなかったのである。中西氏の後を継いで社長となった東原敏昭氏は、相次いで改革に打って出る。

東原氏は初の著書『日立の壁』で、「自分のしたことは、日立という巨大企業の中にいくつも立ちはだかっていた壁を叩き壊す作業だった」と振り返る。「大企業病」を脱するために必要なこととは何か━━『日立の壁』より抜粋・編集してお届けします。

「沈む日立」と言われた

今から10年以上前、日立製作所が「経営の危機」にあったことを記憶している人は多いと思います。

今世紀に入って間もない2008年度の決算で7873億円の当期損失を計上するという経営危機に陥り、地獄を見ます。リーマンショックに端を発する世界的な金融危機が引き金となりましたが、実際にはもっと根深い問題が隠れていました。

「もう一度大赤字を出したら今度こそ倒産してしまう」

当時、ドイツのグループ会社にいた私は、本当にそう思い詰めていました。

幸い、未曾有の危機に際して2009年に経営を引き継いだ川村・元会長と、故中西宏明・前会長の大胆な経営改革により、日立は危機から立ち直りました。大きな「壁」を越えたのです。3年後の2012年3月期には、過去最高の当期利益を達成し、V字回復を果たした2人の手腕は喝采を浴びました。

私が日立の執行役社長に就任したのは2014年4月です。2016年4月からは執行役社長兼CEO(最高経営責任者)となり、以来、2022年3月までの6年間、日立の舵取りを任されてきました。 

経営のバトンを受け取った私のミッションは、川村さんが敷いた経営改革の路線を引き継ぎ、営業利益率の高い「稼げる会社」にすること。そして、中西さんが注力した、モノ(製品)を売るビジネスからコト(サービス)を売る社会イノベーション事業への転換を加速させ、その分野で世界に伍していける「グローバル企業への成長」。この2つでした。

再びの経営危機もありえた

社長就任時、日立は経営改革によって一時の経営危機からは完全に立ち直っていました。が、改革は道半ばで、経営はまだまだ盤石とは言えない状況でした。年間売り上げは9兆~10兆円規模を維持する一方で、営業利益率は6%ほどであり、その利益の多くはグループの上場子会社に支えられていました。社内には業績回復の見込みが薄い不採算事業や低収益事業も多く残っていました。

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