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「ステージ4」膵臓がん患者が沖縄に"旅立つ"心境 旅先で最期を迎えることになるかもしれない

東洋経済オンライン / 2024年5月31日 14時0分

「抗がん剤のおかげで、ある程度がんは小さくなって、やっと手術できるようになったのが、がんの発覚から11カ月経ったころのことでした。12時間もかかる大変な手術だったけど、父は頑張って乗り越えてくれました」(愛里さん)

その頃、稲本家では身内の不幸が続いていた。秀俊さんの手術のあと、親戚のひとりに大きな病気が見つかり、その対応にも追われた。そんな慌ただしい毎日の中で、秀俊さんの症状は一進一退を繰り返した。

秀俊さんの膵臓がんは見つかった段階でステージ4である。手術をして膵臓のがんはすべて摘出したものの、術後に再発し、肝臓に転移していた。

「その後も抗がん剤治療は続いたのですが、2022年の10月を最後に、抗がん剤治療は終了しました。それ以上効果は見込めないということでした。そこから先は緩和治療です」(愛里さん)

終末期の患者が過ごすホスピスへの入院も検討されたが、秀俊さんは、自宅で家族と共に暮らすことを選んだ。

2023年2月上旬。秀俊さんは敗血症性ショックを起こし、救急車で病院に担ぎ込まれる。

「朦朧とした意識の中で、父は突然のように、沖縄に行こう。と言い出したんです。たぶん、残された時間の短さを悟っての言葉だったのだと思います」(愛里さん)

愛里さんは、父の言葉の中に、「沖縄に行きたい」ではなく、「家族を沖縄に連れていきたい」との意思を感じたのだと言う。秀俊さんは最後まで、父親でいたかったのかもしれない。沖縄旅行のことを担当の医師に相談したが、すぐには首を縦に振ってはくれなかった。

「がんの終末期ですから。いつ何があっても不思議ではありません。飛行機を使う旅行は気圧の変化などもあり、許可することはできないということでした」(愛里さん)

それでも秀俊さんの意思は固かった。どうしても家族を沖縄に連れていきたい。そんな思いが、痩せて落ちくぼんだ眼窩の奥に光る瞳に感じられた。

──よしわかった、連れていってもらおうじゃないか。

愛里さんは心を決めた。

「陸路と海路で行きます」

愛里さんの言葉を聞いた担当医師は、それ以上反対はしなかった。ただ静かに、次のようにアドバイスした。

「お父さんは、春まではもたないと思います。旅行に行くならなるべく急いだほうがいい。あと、道中、もしくは滞在先で亡くなることがあるかもしれない。そのこともよく考えておくこと」

ツアーナースとの出会い

進行がんで弱っている秀俊さんは症状の進行から、食欲低下、身のおきどころのない倦怠感や体の痛みがあり、それらの苦痛を和らげるため、持続点滴や鎮痛剤などの薬剤投与の医療ケアが行われていた。また呼吸困難の出現の可能性も考えられ、すぐに酸素療法が行える必要があった。家族だけでの対応は難しい。

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