年収500万の公務員が「貧困取材」を受ける事情 生きづらさは「日本特有の人間関係」にある?
東洋経済オンライン / 2024年6月13日 11時0分
視覚障害についての無知への反省もあり、障害者スポーツの指導員養成講習会にも参加してみた。大人の発達障害をテーマにした研修会で公認心理師の話を聞いたり、学会で短時間ながらも職場における「合理的配慮」に関する独自の調査結果を発表したりもした。圧倒的な自己理解へのこだわりは、障害特性のプラス面が発揮されたともいえそうだ。
こうした過程で出会った発達障害の当事者は、自分の興味のある話を一方的にする人が多かったという。「自分と同じ。まるで鏡を見ているようでした」とシンイチさん。コミュニケーション上の課題を自覚してからは、周囲の雑談にも耳を傾けるようになった。
今も雑談は苦手だ。それでも最近は「それわかります」「へー、そうなんですか」といった相づちのバリエーションを増やすことや、「でも」などの“否定ワード”を使わないこと、相手の話を途中で遮らないことなどを心掛けている。どうしても雑談が苦痛になったときは「ちょっとトイレに行ってきます」と言って中座する“技”も身に付けた。感情の起伏も服薬でなんとかコントロールできるようになったという。
少しは生きづらさも解消されたのでは? 私が尋ねると、意外なことにシンイチさんは首を横に振る。そして「いったん壊れた人間関係は簡単には戻りません」とうなだれた。
自作の「私の取扱説明書」
診断後、職場で障害への「合理的配慮」を求めたこともあるが、上司からは「具体的に何をすればいいのかわからない」と言われた。ならばと、自身の困りごとなどをまとめた「私の取扱説明書」を作成してみたが、今度は支援団体の職員から「細かすぎて伝わらないのでは」と言われてしまった。
本当は同僚たちには研修などを通し、発達障害への理解を底上げしてほしい。ただ人手不足の公務職場では難しいだろう。迷った末、今は障害のことはオープンにしていない。
「これまでの数々の失敗を考えると、打ち明けても発達障害への負の印象が強まるだけなんじゃないかという心配もありました」とシンイチさん。結局たどり着いた答えは「私が定型発達者としての人格を身に付けるしかないんです」。
話はずれるが、シンイチさんは自治体の正規職員である。年収は約500万円。「公務員は失業給付が出ないのでクビになれば即無収入。私は中途採用なので退職金も100万円ほどです」と言うが、経済的に困窮しているわけではない。
なぜ取材に応じようと思ったのか
では、なぜシンイチさんは貧困がテーマの本連載の取材に応じようと思ったのか。理由を尋ねると、「人間関係が安定していると発達障害の特性からくる欠点って、かなり抑えられるんです」と言う。どういうことか。
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