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村上春樹『風の歌を聴け』が描く戦後日本の虚無感 「日本的なるもの」の喪失を描いた透明な文学

東洋経済オンライン / 2024年6月19日 12時0分

登場人物の間に一定の距離が保たれていて、最後までなれ合わない。喪失や孤独を抱えた青年たちが、会話を繰り返すんだけど決して合一することなく、夏の2週間ぐらいですれ違って去っていく。変に分かり合わないというか、相手のことを分かったつもりにならないという距離感を保ったまま物語が進んでいくというところが、現代的だと感じる理由なんだと思います。

例えば、主人公の「僕」は3人目の彼女が自殺している。鼠はお父さんとの関係に何か問題がある。小指のない女の子も中絶するくらいだから相手の男と何かある──ちなみに、女の子がバーで倒れていて、その後鼠が「僕」をバーに呼び出したりしているところを見ると、相手の男は鼠なんじゃないかって気がする。

いずれにせよ、皆、人に言えない何かを背負っていて、だけど抱えている問題は重すぎるから簡単に言葉にできないし、なめらかな物語にも転換できない。でも何かを伝えたいっていう思いはある。そういう若者たちのもどかしさを、洗練された会話のスタイルで書いていくのが面白いな、と。しかも、その「伝達」の難しさを、小説家になった8年後の「僕」がさらにメタレベルで振り返るという二重構造になっていて、とても実験的な作りになっている。

柴山:面白いのは、小説のなかに突然、Tシャツの絵が出てくるでしょ。好意的に解釈すると、これも伝えたいんだと思うんですよ、言葉にしにくいイメージを。「僕」の時代はこんな感じだった、と。

川端:ああ、突然下書きみたいな絵が出てきますね。びっくりしました。

柴山:あと、これまで読んできた過去の作家の要素がいろいろ入っていると感じましたね。この異様な構築性は三島っぽいし、自意識の問題をあれこれ書いてるのは「第三の新人」を思わせるし、謎を謎のまま話を進めていくところは太宰のようでもあって、全体のテイストはアメリカ小説のようでもある。だから、村上春樹って文学史をものすごく研究している人なんじゃないかという印象を持ちました。過去の要素を取り込みながら、独自の世界を作ろうとしているという。

浜崎:ものすごく褒めましたね。

柴山:最後にもう一つ言うと、これまでの文学って、インテリの自意識を描いてたように思うんですが、ここで描かれてるのはもっとはっきり、都市生活者の自意識ですよね。それぞれが自分の問題を抱えているんだけど、それをあけすけに語ったりせずに、それぞれがそれぞれの横を通り過ぎていくみたいな都市生活者の感覚を肯定的に描いている。そこが新しいと感じるゆえんなんだけど、こういうふうに肯定しちゃっていいのかなという疑問は残る。まあデビュー作だから、この先の展開もいろいろあるんでしょうけどね。

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