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「いつかはわかり合えると思った」亡き妻への後悔 「源氏物語」を角田光代の現代訳で読む・葵⑥

東洋経済オンライン / 2024年7月28日 17時0分

「いつかはわかり合えると思った」亡き妻への後悔

輝く皇子は、数多くの恋と波瀾に満ちた運命に動かされてゆく。

NHK大河ドラマ「光る君へ」の主人公・紫式部。彼女によって書かれた54帖から成る世界最古の長篇小説『源氏物語』は、光源氏が女たちとさまざまな恋愛を繰り広げる物語であると同時に、生と死、無常観など、人生や社会の深淵を描いている。

この日本文学最大の傑作が、恋愛小説の名手・角田光代氏の完全新訳で蘇った。河出文庫『源氏物語 2 』から第9帖「葵(あおい)」を全10回でお送りする。

22歳になった光源氏。10年連れ添いながらなかなか打ち解けることのなかった正妻・葵の上の懐妊をきっかけに、彼女への愛情を深め始める。一方、源氏と疎遠になりつつある愛人・六条御息所は、自身の尊厳を深く傷つけられ……。

「葵」を最初から読む:光源氏の浮気心に翻弄される女、それぞれの転機

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大がかりな祈禱の数々を試したものの

妻の死が悲しいばかりでなく、気味悪いこともあったので、光君は、男女の関係とはなんと厭(いと)わしいものだろうと身に染みて、深い間柄の女たちの弔問もすべてわずらわしいものに思える。桐壺院(きりつぼいん)もまた嘆き悲しみ、弔問の使いを送った。それが畏れ多くもありがたく、左大臣はかなしみに加えうれし涙も流す。人の勧めに従って、生き返らせようと大がかりな祈禱の数々をみな試してみた。一方、亡骸(なきがら)がどんどんいたんでいくのを目の当たりにして、左大臣家の人々は際限なく取り乱しているけれど、なんの甲斐(かい)もなく日が過ぎていくので、もうどうにも仕方がないと、鳥辺野(とりべの)に亡骸を運ぶこととなった。人々はふたたび見るにたえないほど悲しみに暮れる。

【図解】複雑に入り組む「葵」の人物系図

あちこちから葬送に参列する人々や、寺々の念仏僧たちが集まり、広大な野原は埋め尽くされる。桐壺院はもちろん、藤壺、東宮からの使者、そのほか各所からの使者も次々にあらわれ、言い尽くせないほどの哀悼の言葉を述べる。左大臣は立ち上がることもできず、

「こんな老齢の末に、若い盛りの娘に先立たれ、悲しみのあまり足も立たず這(は)いまわることになろうとは」と、我が身の不運を恥じて泣き濡れるのを、大勢の人々が痛ましく見つめることしかできないでいる。

夜通し、大層な騒ぎの盛大な葬儀が行われたが、じつにはかない遺骨のほかは何も残らず、夜明け前のまだ暗いうちに帰ることとなった。人の死は世の常ではあるけれど、人の死に目に会うのは一度か二度しか経験していなかった光君は、たとえようもないほど葵の上を恋い焦がれている。八月二十日過ぎの有明(ありあけ)月の頃なので、空もまた悲しみをたたえているような風情(ふぜい)だ。さらに、子に先立たれた悲しみに沈み、取り乱している左大臣の姿を見て、それも無理からぬことと痛ましく思い、光君は空ばかり眺めている。

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