女子ボクシング「性別をめぐる論争」の最大の問題 観戦する側にも求められる「リテラシー」とは
東洋経済オンライン / 2024年8月9日 14時30分
パリオリンピックのボクシング女子で出場資格をめぐりさまざまな意見が出ている。発端は、8月1日、女子66キロ級の2回戦でアルジェリアのイマネ・ケリフ選手と対戦したアンジェラ・カリニ選手が開始46秒で棄権し、ケリフ選手が勝利したことだ。
その後、昨年の女子ボクシング世界選手権で、国際ボクシング協会(IBA)が出場基準を満たせないとしてケリフ選手ら2人(もう1人もパリ大会に出場)を失格にしていたことを理由に、SNSを中心に同選手らの性別や出場資格をめぐって激しい議論が勃発。中には誹謗中傷も数多くあり、スポーツにおける多様性への理解や議論が世界的にも未熟なことが浮き彫りとなった。なぜ批判はこんなにも膨らんでしまったのか。スポーツとジェンダーに詳しい、中京大学スポーツ科学部の來田享子教授が解説する。
自らの正義を何の気なしに振りかざしている
今回の件は、選手がルールのもとで試合に出て戦っているだけであり、他の選手と同じように扱われるべきなので、本来であればこうした記事が出ること自体いいことではありません。彼女のジェンダーを語ることで深く傷つく可能性もあるし、そもそも誰かのジェンダーを他人がとやかくいう必要はない。しかし、あまりに誤解と誹謗中傷が多いので、事実関係をきちんとする必要があるでしょう。
今回、ケリフ選手らに対してSNSで厳しい意見が目立つのは、批判する人の声のほうが大きいからでしょう。自らの強い正義感に基づいて語るときほど、人は自分が差別しているとか、誰かを傷つけていることに思い当たりにくいのではないでしょうか。競技の公平性に対する、ある種の正義感があるのだと思います。一方、当事者は自分が声を上げると叩かれるのではないかと黙ってしまう。
冷静に議論すべきことだと思っている人は、こうした論争の中には入らないかもしれません。これは人権侵害にとっては「傍観」につながりかねないため、悩ましくはあるのですが、「誰か傷ついている人がいるのにこんなことを言うなんて」と思ったら、気持ちが苦しくなってその場から離れる人もいます。知識があればジェンダーの知識のない人と対話を試みることができるかもしれません。
しかし、性の多様性に関する科学や理論は急速に進展しており、学校教育でも十分にカバーされていないため「何かおかしい」と思っても言葉にするのは難しいという人も多いのではないでしょうか。
今は小学校や中学校でも「LGBTQ+」の人権を大切にしようといったことは学ぶかもしれませんが、トランスジェンダーや性分化疾患(DSDs、男性、女性の典型と考えられている体の構造とは生まれつき一部異なる発達を遂げるさまざまな状態)などについて歴史的、医科学的に学ぶ機会はまれです。少なくとも私たちの世代はこうしたことはまったく教わってきませんでした。
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