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時代劇でお馴染み"お奉行さま"の「破格の年収」 一方では「自炊が基本」で暮らす下級武士たちも

東洋経済オンライン / 2024年9月1日 15時0分

その他、下層の御家人や諸藩の下級武士のなかには「50俵3人扶持」と表記される者がいる。この「扶持」とは家来を雇うための手当であり、人数に応じて支給額が決まった。「50俵3人扶持」の場合、蔵米50俵は現在の価格にして約525万円。扶持は1日1人玄米5合支給とし、年間(360日で計算)すると1石8斗となる。

3人だと約5.4石。現在の価格にすると約162万円だが、家来の食事にも充てるので、すべて換金できたわけではない。

家族や家来を養い、その他、行事や仕事での出費もかさむため、武士は内職も余儀なくされた。傘張り、提灯作りから、金魚やコオロギ、鈴虫などを飼育し売り出すなど、さまざまな内職をし、家計の足しにしていた。

自炊が基本だった「単身赴任」の下級武士

人口100万人超の大都市・江戸は、その約半数が武士階級の人間たちで、その多くが江戸勤番として地方からやってきた武士だった。

そうした地方武士の江戸暮らしの実際を今日に伝えるのが、紀州藩士・酒井伴四郎の記した日記である。

禄高25石の下級武士であった伴四郎は、故郷・和歌山に妻子と両親を残して約1年7カ月にわたって江戸勤番を務めた。現代で言えば、単身赴任のサラリーマンといったところだろうか。

単身赴任の男性となると外食が常と考えがちだが、勤番侍が屋敷の外を出歩くのを、藩側は快くは思っていなかったため、基本は同僚の藩士と共同生活を送る長屋で、自炊をするのが日常だった。

朝に米を炊き味噌汁と一緒に食べ、昼はだいたい冷や飯で済ませるか、おかずに野菜、魚などを添えた。夕食は冷や飯を茶漬けにして香の物を添える程度である。

特に伴四郎が好んだのは、豆腐だったようだ。そのまま冷奴で食べたり、温めて湯豆腐で食べたり、串に刺して焼いた焼き豆腐なども買ったりしている。

磯田 道史:歴史学者

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