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カナダが"アジア系と共生する道"を選んだ経緯 アメリカよりも欧州、なかでも北欧に似ている

東洋経済オンライン / 2024年9月6日 17時0分

カナダが多文化共生となった要因はフランス文化だけではありません。私の仮説その2は、先住民に対する非道な振る舞いへの反省です。

カナダにはアメリカ同様に先住民が暮らしていましたが、その扱いはひどいものでした。

「キリスト教も知らないし、英語も話せない? 動物と同じ下等な人間じゃないか」

キリスト教文化を中心に国家としてまとまろうとしていた19世紀のカナダにとって、独自の文化、宗教をもつ先住民は邪魔者だったのでしょう。差別や暴力事件も多く、なかでも特筆すべきは国家主導の「子ども同化政策」。先住民の子どもを親から引き離し、キリスト教徒として教育し直すために強制的に寄宿舎学校に入れました。その数は15万人以上とも言われています。

民族独自の言葉や風習を禁じ、彼らの信じる精霊や神を否定し、英語でキリスト教教育を施す。人間のアイデンティティを根こそぎ奪う仕打ちは、これだけでも人権蹂躙そのものですが、子どもたちは精神的、肉体的、そして性的に虐待されていました。

先住民への人権侵害は、カナダ建国の19世紀末に始まり1980年代(諸説あり)まで続きました。この負の歴史は語られることも少なく、半ば封印された事実でした。

しかし衝撃的なニュースが報じられたのは2021年。ブリティッシュコロンビア州、オリンピック開催地として日本人にも馴染み深いバンクーバーとカルガリーの間にある「カムループス寄宿学校跡地」で、215人もの先住民の遺骨が発見されたのです。

「立派なカナダ人に教育し直す」として連れ去られた先住民の子どもたちは、実は殺害されていた――番幼い遺骨は3歳だったというニュースに、人々は震撼しました。

先住民への残虐行為。これはカナダ全体にとって大きな社会的衝撃でした。その強い反省が、多文化共生を目指す、もう一つの原動力になったと私は捉えています。

現在のカナダは一国主義路線と国際協調路線の軸で言えば、明らかに国際協調路線。アジア系の移民をどんどん受け入れ、相当程度同化しています。ここ数年、私は仕事でカナダ西海岸を訪れていますが、街ゆく人もビジネスで会う人もアジア系の比率は高く、だから特別ということもありません。

「香港生まれのカナダ人です」「両親は中国系ですが、私はカナダ生まれのカナダ人です」などと、民族の文化を継承しつつカナダ人としてのアイデンティティを持っているようです。自由のなくなった香港からの移住者も多数です。長く住んでいる日本人は、「いつカナダの市民権を取得するのか」と聞かれるほど。

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