国立劇場、再建決まらぬまま休場続く迷走の裏側 休眠中の施設をHISが活用する摩訶不思議
東洋経済オンライン / 2024年9月10日 9時30分
第三者の立場から現状を危惧し、社会に訴えているのは、児玉竜一・早稲田大学教授だ。歌舞伎を研究し、早大演劇博物館館長を務める児玉氏は、各方面のメディアで発言し、日本記者クラブでの会見も主導した。
また、月刊「正論」2024年5月号の特集「国立劇場の再興急げ」ではメインの論考「伝統の灯消える危機感の共有を」を執筆し、国立劇場が日本の伝統の継承にいかに重要であり、このままでは10年近くも休場が続くことの悪影響を切に訴えている。
国立劇場は歌舞伎、文楽などの日本の伝統芸能の興行を主催するとともに、実演家にとっての自らの芸の最高峰の発表の場でもある。そして、甲子園球場が高校球児の、国立競技場がサッカー少年にとっての聖地であるように、そこを目指すことで人材が育つような場所でもあると説く。
筆者自身、昔、日舞の京鹿子娘道成寺の所化役で一度だけ国立劇場小劇場の舞台に立ったことがあるが、その荘厳さ、格式に圧倒されたことは鮮明に覚えている。プロにとってもアマチュアにとっても国立劇場の舞台に立つことは憧れであり、そうした経験が伝統芸能を継承していく原動力となってきたことは間違いないと実感する。
また、国立劇場は歌舞伎、文楽などの伝統芸能を担う人材を育成する研修事業(国立劇場伝統芸能伝承者養成所)を半世紀以上にわたり行っており、大きな成果をあげた。しかし、国立劇場の休場で現在は研修生の学びの場が点在していることも大きな問題だ。
国立劇場の再開は、東京の一劇場の問題というのではなく、全国の伝統芸能継承者の問題であり、ひいては全国民にとっての無形の財産である伝統芸能の存続に影響する問題でもある。
そのことが国民にも政治家や官僚にも十分に理解されてこなかったことが現在の八方塞がりの状況を引き起こしているといえる。
振興会理事長のイニシアティブも見えてこない。理事長代理は文科省官僚OBだが、理事長は総合研究大学院大学学長等を歴任した、行動生態学、自然人類学を専門とする学者の長谷川眞理子氏だ。
文科省OBの河村潤子氏の後任として、2023年4月に理事長に就任しているが、文科省は選任理由のなかで、「文化芸術以外の異なる専門分野からの視点、気付きは新鮮なものであり、科学的バックボーンを有し、社会情勢の変化に応じた芸術文化の変化にもうまく対応できる」と述べている。ならば指導力を存分に発揮していただきたい。
前述の自民党・国立劇場建設PTのメンバーである元文科大臣・永岡桂子議員は、「遅れている再整備だが、文化庁の関係者とも密に連絡を取り合い、我が国の文化芸術に資する国立劇場のあり方を求めている。これから具体化することになるが、着実に進めていきたい」と述べた(筆者取材)。政府与党の積極的な関与にも期待したい。
禍を転じて福と為す努力を
民謡・端唄演奏家の崎秀五郎氏は、「国立劇場の長期休場は、伝統芸能の現場に大きな課題をもたらす一方で、未来に向けた新たな可能性を見出す絶好の機会でもある」という(筆者取材)。
「休場期間を通じて、現代、そして数年後の想像もつかない最新技術を取り入れながら、より安全で事故のない最新の舞台装置を備えた劇場を設計し、未来の伝承者たちに受け継がせることが重要」と前向きな意見だ。
国立劇場の休場期間を極力短くする努力をしながら、それを未来の伝統芸能の発展を考えるための貴重な時間と捉え、文化の継承を旨としながら時代に合った革新を推進する必要がある。
細川 幸一:日本女子大学名誉教授
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