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脱亜入欧に没頭し西欧を超えられなくなった日本 世界各国の歴史を無視し憎悪を向ける日本人の悪弊

東洋経済オンライン / 2024年10月27日 8時0分

最近、筆者は世界史についての本を3冊出版した『「19世紀」でわかる世界史講義』(2022年)、『資本主義がわかる「20世紀」世界史講義』(2023年)、『21世紀世界史講義―恐慌・パンデミック・戦争』(2024年)と、いずれも日本実業出版社から上梓した。

また、前田朗さんとの共著だが『希望と絶望の世界史―転換期の思想を問う』(三一書房、2024年)も出版した。

これらの本の中で、いかに西欧の歴史が世界の普遍的な歴史となっていったかという歴史の変遷を、私は明らかにしている。西欧でも18世紀のカント以来、西欧人がその産業力と軍事力で世界を支配して以降、世界は西欧をまねて近代化していかなければならないという脅迫観念にとらわれ、世界は西欧化されねばならないという啓蒙主義思想にとらわれていった。ヘーゲル、そしてマルクスもこうした普遍史という概念から免れているわけではない。

こうした世界史が誕生した背景には、西欧で見られたイギリス、フランスといった国民国家の形成がある。それらの国で国民国家が形成されることで、その国を支配する主権者は市民、すなわち国民になったが、世界は、すべてこうした国民国家と国民主権の歴史をたどらなければならないという世界史という観念が生まれる。

西欧は海を越え、世界にその世界史を流布したが、それは是々非々を言わせない軍事力と、資本主義という産業力に原因があった。

さらには、それをつくりあげたさまざまな科学、音楽、芸術、宗教などが上塗りされ、ミッション(使命)としてそれらを世界に広めるという責務をもったのである。これらの責務は、白人の責務という言い方もできる。

今でもアフリカ諸国で彼らの独立や歴史が振り返られないのは、こうした白人の責務の結果である。

おごれるものも久しからず

アジア・アフリカ諸国にとっては、植民地から逃れるには、『インドへの道』『アラビアのロレンス』などの文学から、英語やフランス語などの教育に至るまで、世界史の普遍史を学ぶことが必須の条件であったことは間違いない。

さらにそれはマルクス主義思想にも乗り移り、一国社会主義によるマルクス主義の発展という近代化のための社会主義議論が生まれ、アジア・アフリカの国々は、資本主義と並んで社会主義的世界史的責務も背負わされたのだ。

確かに19世紀半ばにいた人々は、遅かれ早かれこうした西欧化、世界史化に巻き込まれ、近代化の道を歩まざるをえなかった。福澤諭吉は、それを直感的に理解していたのだ。

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