「日大帝国」築いた独裁者の人心掌握術と権力基盤 「民主的でかつ効率的な組織」が存立可能な条件
東洋経済オンライン / 2024年12月30日 10時30分
岸信介、児玉誉士夫、笹川良一が文鮮明と組んで、日本の「共産化」を防ぐために国際勝共連合を結成したのと同じ時期の話であり、古田が学生に抱いた恐怖と憎悪は教育者としてのものではなくて、たぶんに反共イデオローグとしてのそれであった。
今の若い人にはなかなか想像が難しいだろうけれど、学生たち主導の「大学改革運動」(日大闘争の場合、きっかけになったのは巨額の使途不明金問題や裏口入学問題といった経営サイドの不祥事であった)を政治的な文脈で読み替えて、これを「革命運動」だと思い込んで異常な暴力を加えた人たちが1970年までは日本のエスタブリッシュメント(の一部)を形成していたのである。
同じ時代の韓国で、学生や市民の民主化運動が「北の陰謀」とみなされて暴力的に弾圧されたのと変わらない。しばしば現実よりも幻想の方が現実的なのである。それは今もあまり変わらない。
「日大帝国」を築いた2人目の独裁者
古田に続く2人目の独裁者が「日大帝国」を築いて、長く君臨した田中英壽、本書の主人公である。田中は古田の薫陶を受け、古田をロールモデルとして自己形成したと思われる。
田中は学生時代相撲部のエースとして活躍した。3年生で学生横綱になり、在学中に34のタイトルを手にした。1学年下に輪島博(のちの横綱・輪島大士)がいて、高校生時代からライバルだった2人は輪島が日大に進学すると、「日大相撲部の両エースとしてともに学生横綱となり、大学相撲界をリードしていった」(99頁)。
なぜ田中が大相撲には進まず、大学に残り、一職員としてそのキャリア形成をスタートさせたのか、その理由は本書を読む限りではよくわからない。上司に当たる保健体育事務局長だった橘喜朔が田中に「仮にこのまま教員として出世しても、よくて助教授、教授止まりだぞ。だったら、職員になって大学のトップを目指せ」とアドバイスをしたという証言が採録されているが(101頁)、常識的に考えると、田中ほどの相撲の実力があれば、大相撲での出世をめざすほうが、実務経験ゼロのスタートから「大学トップ」を狙うよりはるかに確率のよいキャリアパスである。
なぜ、田中は大学に残ったのだろう。
「日本一の大学」を作るという吸引力
森は田中自身の内的な動機については深く詮索をしていないが、私見では、田中は日大という大学に、つよい愛情と執着を抱いていたからではないかと思う。
力士として盛名を馳せるよりも、「日本一の大学」を作ることの方が田中にとっては人生を懸けるだけの甲斐のある事業に思えたのではないか。教育機関にはそういう種類の吸引力がある。
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