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「日大帝国」築いた独裁者の人心掌握術と権力基盤 「民主的でかつ効率的な組織」が存立可能な条件

東洋経済オンライン / 2024年12月30日 10時30分

「帝国」はこうして瓦解した。絵に描いたような独裁体制の興隆と滅亡の物語である。

本書にはサイドストーリーとして林真理子理事長体制下で起きたアメリカンフットボール部の薬物事件と執行部の管理能力の欠如についての記述があるけれども、この逸話にはもう古田重二良や田中英壽ほどのスケールの大きな「ワルモノ」感のある登場人間は出てこない。大学を揺るがすスキャンダルに遭遇して、ただ保身と責任回避に右往左往する人たちが出てくるだけである。

だから、本書のもう一つの主題である林真理子という新しい理事長がどうやって名望を失墜した日大を「救う」のかという問いに私はあまり関心が持てなかった。林は作家であって、組織人ではない。これだけ病んだ組織の再生のために辣腕を振るえなかったからと言って咎めては気の毒である。

読み終えてから、このあと日大はどうなるだろうと考えた。すでに志願者も入学者も減少局面に入っている。もうかつての盛運を回復することはないだろう。田中英壽のようなタイプの「親分」が登場してきて、巨大組織をある種の人間的「魅力」によってとりまとめるということはこの先もう起きないだろう。ということは、16学部86学科7万人の組織を維持することは難しいということである。

冒頭に書いた通り、民主的でかつ効率的な組織が存立可能なのは、サイズが小さいということが条件である。

巨大組織は独裁的でなければ効率的には運営できない。そして、組織の独裁者であるためには「自己利益よりも公的利益を優先させる人」であり、「話のわかるいい人」であると思われていることが必要である。そして、その条件を長期にわたって満たし続けることは誰にとってもほとんど不可能なのである。

いま日本の組織はもうある程度以上のサイズであることができなくなっているが、それは人間の「粒」がそれだけ小さくなったということである。もう独裁者の仕事が果たせる人間がいなくなったということである。そして、過去30年にわたる日本の衰微の主因はそれだと私は思っている。

日本の組織の象徴

これから先、どんな業態であれ、日本の組織が生き延びようと思ったら、サイズを小さくするしかない。これが私からの提言である。別に書評は評者からの提言を書くためのスペースではないので、私の意見など無視してもらってもちろんかまわない。

だが、本書をきっかけにして多くの読者は日大という組織について興味を抱くことになったと思うので、その関心を持続して「日大はこれからどうなるか」を注視していってほしいと思う。ある意味で日大というのはその学校名が期せずして暗示したように「小さな日本」なのだから。

そういう前提で読むと実に味わい深い一冊である。

(敬称略)

内田 樹:思想家、武道家、神戸女学院大学名誉教授

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