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「日大帝国」築いた独裁者の人心掌握術と権力基盤 「民主的でかつ効率的な組織」が存立可能な条件

東洋経済オンライン / 2024年12月30日 10時30分

この保体審と校友会が田中の2つの権力基盤だった。田中はこれを単純な利益誘導ではなく、むしろ心情的な「シンパシー」によって形成した。たぶん田中という人は対面的状況ではずいぶんと「感じのいい人」だったのだろう。

ここが難しいところなのである。

日大ほどの巨大組織をとりまとめるためには、ただ「仕事ができる」とか「目端が利く」というような資質では足りない。「会って頼めばだいたいのことはなんとかしてくれる人だ」という声望が要るし、なによりも「自己利益よりも組織の利益を優先している」という評価は絶対に必要である。

「組織に供託された公共財を中抜きして私腹を肥やしている」という類の評言は(悪意ある噂レベルでも)独裁的な権力の座に手を届かせようとしている人にとっては致命的なものとなりかねない。

本書を読む限り、田中は少なくとも権力の座にたどりつくまでは、そのようなタイプの悪評に足を取られずに巧みにキャリア形成に励んできた。

現に、帝国が最終的に瓦解したのも田中に向けられた背任容疑によってであった。背任とは私利のために公共の利益を犠牲にするということであり、田中のようなタイプの独裁者にとっては致命的なものとなる。

実際には、彼の妻である「ちゃんこ屋」の女将田中優子が大学運営や人事に容喙したこと、学内の自販機管理から田中の側近に成り上がった理事の井ノ口忠男とその実姉で広告代理店経営者橋本稔子、医療法人錦秀会の籔本雅巳元理事長らが田中の権力をかさに着て、好き放題をしたことが帝国崩壊の引き金になったという。

独裁者の最期というのはそういうものである。長期政権に安んじているうちに、仕事に飽きてしまうのだ。そして、取り巻きたちが好き放題を始める。彼らには大学への忠誠心もないし、大学人たちのシンパシーを形成する気もない。ただ田中という独裁者の「虎の威」を借りて他人を顎で使い、私腹を肥やすことが好きなだけである。

独裁者はそれを制御できない。自分に媚びてくる人間、自分に甘えてくる人間については決して冷静な評価を下すことができないというのが独裁者に共通する弱みなのである。

田中もその例に漏れなかった。籔本から受け取った1億1820万円の裏金について、背任容疑では立件されなかったものの脱税容疑で逮捕され、懲役1年、執行猶予3年の有罪判決を受けて、2021年に田中は汚名にまみれて理事長の座を追われ、失意のうちに3年後にこの世を去った。

「日大帝国」興亡史

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