南海トラフ地震「臨時情報」のお粗末な科学的根拠 責任が及ばないよう対策は自治体や企業に丸投げ
東洋経済オンライン / 2025年1月9日 17時0分
官製情報、学会の公表値などが常に事実であるとは限らない。地震予知をめぐる政府、自治体、学会の内幕を、綿密な調査報道によって喝破した『南海トラフ地震の真実』の著者である小沢慧一氏に、地震予知・防災報道が留意すべき点、あるべき姿勢を示してもらった。
宮崎県を襲った震度6弱の地震を受け、初めて南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)が発表された2024年8月は南海トラフ地震への注目が再び高まった。南海トラフ地震には国をあげて備え、将来の被害を少しでも軽減する努力が必要だ。一方で、巨大地震対策という大規模政策の裏には政治的思惑も潜む。マスメディアとして監視する姿勢を忘れてはいけない。
「水増しされた」発生確率
「南海トラフ地震の確率はえこひいきされ、水増しされている」──。防災担当だった私は、名古屋大学の鷺谷威教授(地殻変動学)から南海トラフ地震の「30年以内に70~80%」という発生確率は水増しされているという「タレコミ」を受けた。「どういうこと?」と私は驚き、当時の議事録や関係者に当たった。
調べてみると、南海トラフ地震だけ全国各地の地震発生確率を算出する計算式(単純平均モデル)とは違う特別な計算式(時間予測モデル)を使っていることがわかった。
全国基準の計算式を使うと20%程度だが、時間予測モデルでは70~80%と高い確率が出る。時間予測モデルがより正確な確率を出せる計算式ならば問題ない。
だが議事録を読むと、確率の検討をする文部科学省の地震調査研究推進本部(以下、推本)の地震学者の委員たちから「科学的に問題がある」との指摘があり、採用を取りやめる方針までまとめていたことがわかった。
だがそれは確率を下げることを意味するため、特別に防災・行政の担当者を交えた会議が開かれた。防災・行政側は「税金を優先的に投入して対策を取る必要はないと思われる(思われてしまう)」「何かを動かすときはまずお金を取らないと動かない。こんなことを言われると根底から覆る」と猛反対。
採用されたのは「科学的問題がある」時間予測モデル
地震学者側からは「(低い確率を)隠してはいけない」との意見もあったが押し切られ、地震学者たちが「科学的問題がある」と訴えた時間予測モデルだけを使った確率が採用された。
議事録を調べた後、私は京都大学の橋本学名誉教授らと室津港(高知県室戸市)の水深を約300年前から記録したとされている古文書も調査した。実はこの水深のデータが、時間予測モデルによる確率の唯一の根拠だった。だが、解読を進めると、驚くべきことに水深記録は、測った日時や場所、測量方法など重大な記録が欠けていたことがわかった。
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