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「脱サラしたプロ棋士」1年半で見た"棋界のリアル" 小山怜央四段が直面した、厳しさと凄みの日々

東洋経済オンライン / 2025年1月25日 9時0分

NHKでの放送は予想以上に反響が大きく、たくさんの人から応援と祝福の声が届いた。来期はさらなる飛躍を誓いたいところだが、会社員を経験してきた棋士はどこまでも謙虚だ。

「最初は様子見という感じですね。意識が高くない言い方になってしまうのですが、自分で言ったことが嘘になるのが嫌なので、目標は掲げたくない。長く続けるために自分なりに頑張っていきたいです」

「ベテランの底力」を味わう

棋士は現役生活が長いため、公式戦で親子ほど歳の離れたカードも珍しくない。体力や勢いに優る若手が有利なのだが、スポーツの世界と違って、頭脳勝負ではベテランが若手をねじ伏せることもある。

泉正樹八段はすでに還暦を超えた棋士だ。かつては順位戦などで活躍した実績を持つが、現在はフリークラスで勝率も低迷していた。順位戦参加資格を得たばかりの小山とは対照的な立場である。昨年秋に2人は王座戦予選で対戦した。

王座戦は持ち時間の長い棋戦で、終局までに10時間以上を要することが多い。膨大な読みを続ける作業は、数学の難問を1日中考えるようなもので、夕刻過ぎには脳の疲労はピークに達する。AIと違って人間の勝負は消耗戦なのだ。

丁寧に指し続けた小山は、局面を「自分が少し指しやすい」と感じていた。しかし、夕食休憩前に小さなミスが出た。将棋の怖さは、1日かけて積み上げたものが1つのミスから崩れ落ちてしまうところだ。休憩明けに挽回しようと指した手が裏目に出て、差が広がっていく。

泉は表情を変えることもなく、ずっと冷静だった。疲労を感じさせることなく、要所で時間を使い、正確に指し続ける。午前10時に始まった対局は、午後8時21分に小山が「負けました」と告げ、終了した。

終局後には「感想戦」が行われる。敗者が敗因を探るのに勝者が付き合う感じだが、体調がつらければ辞退や簡単に済ませることも可能だ。だが、泉は小山が納得するまで感想戦に付き合ってくれた。34歳も年上の棋士は、まさに「いぶし銀」だった。

「ベテランの先生にそうした強さがあるのはもちろん知っていたのですけど、これほど体感したのは初めてでした。自分がシステムエンジニアとして働いていたとき、定年間近の先輩が新しいものを取り入れていく姿勢に、刺激を受けたことがあります。ただ将棋は勝負の世界なので、泉先生の凄みはまた違ったものでした」

「地方出身の棋士」が恵まれている理由

小山はプロになって「まだ東京の街中で声をかけられたことはない」という。だが、地元の岩手ではすでに有名人だ。

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