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年収は1/3に「それでも名物DがTBSを辞めた」理由 大前プジョルジョ健太さんが辿る「奇異な人生」

東洋経済オンライン / 2025年1月30日 9時0分

「2年くらい同棲していた当時の彼女が“反ワク(ワクチン反対派)”だったんです。『もしコロナワクチンを打ったら絶対に結婚しない』と言われ、それを守っていました。家では『マスクをつけるな』と言われるので、最寄り駅と自宅までの間ではつけないようにして、外でマスクをつけていることは隠していましたね……。いちばん困ったのは、彼女が『テレビは終わっている』と言うようになって、テレビ局の記者なのに自宅でテレビを観られなくなったことでした」

それでも彼女のことが心底好きだったので別れようとは思わなかった。それどころか、彼女のために会社を辞めるべきか迷ったという。しかし、複数のワンルームマンション投資を契約しており、借金が7000万円ほどあったため、収入が減ってしまうことは避けたかった。

【2025年1月30日10時55分追記】上記のワンルームマンション投資について、「学生時代から」というのは誤りでした。お詫びして修正致します。

「結局、彼女が『日本が嫌になった』とイギリスに移住してしまって。僕も会社を辞めてついていこうと思い、上司に相談までしたのですが、『彼女についてくる男なんていらない』とフラれてしまいました」

なかなか強烈なエピソードばかり出てくる。幼少期から現在に至るまで、大前さんは仕事でも私生活でも一般にはマジョリティーとはいえない人々と出逢い続けている。自ら進んでそういった人と繋がろうとしているのか、それとも自分自身も「同じ」だという共感があるからなのか。

「僕は自分自身をマイノリティーと思ったことはないのですが……。いやでも、思い返せば、母親がインドネシア人なのですが、ずっと『お前は普通の日本人と同じことをやっても勝てない。だから強く生きろ』と言われて育ちました。少年時代には肌の色が他の子と違うなと思うこともありました。

家庭環境もややこしくて、父親は無職だったり、姉が結婚詐欺に遭ったり……。そういった環境にいたので、生きづらさを抱えている人にシンパシーを感じているのかもしれません」

「何者かになりたい」と転職していった同期たち

2022年、大前さんが企画・総合演出を務めた『不夜城はなぜ回る』がヒットしたことにより、2023年1月度ギャラクシー賞を受賞。ディレクターとしての才能が評価され、乗りに乗っていたはずだが、彼の心中はある不安が襲っていた。

「当時28歳だったんですけど『本当にこのままでいいのか』という不安が芽生えてきて……。皆さんも考えたことがあるかと思うのですが、『何者かになりたい』って。20代後半になるとそう考えるようになるんですかね」

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