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リストラから奮起「プロレス美術館」作る60歳人生 自宅の一室をプロレス愛と熱狂が詰まった空間に

東洋経済オンライン / 2025年2月11日 8時10分

レスラーがテーマ曲と共に入場してくるときは心がたまらなく躍った。

ビッグマッチが行われる会場に足を運べば、試合を見た満足感や高揚感は次の日の朝まで続いた。リングの中にはドラマがあり、その感動は多くの人を巻き込み熱狂させていった。

高校生になると、観戦するだけでは収まらず、プロレス会場のアルバイトに出向いたこともあった。

さらには、大会関係者との繋がりからプロレスラーの方々と出会う機会もあった。若き頃の橋本真也、蝶野正洋、さらには神様のような存在だったアントニオ猪木とも出会うことができた。

寝ても覚めてもプロレスで頭がいっぱいだった学生時代。

大学卒業後は、電子部品の営業を行う会社に就職。就職当時はバブル真っ盛りで、給料も良く、年功序列でのんびりとした雰囲気だった。仕事は定時に終わることからプロレス観戦にも行きやすく、32歳で結婚し、充実した日々を送っていた。

ローン返済に苦しんだ25年間

ところが、サラリーマンとして一番忙しかった35歳の頃、人生最大のピンチが立て続けに訪れた。

まずは、生まれてから結婚後も住んでいる実家の老朽化問題。曾祖父の時代に建てられてから既に120年が経過していた実家は、コップも滑るほど畳が傾き始めていた。

もはや修理では済まず、建て直す以外に方法はない。しかし、両親は年齢的にも建て直しの費用を工面するのは難しく、湯沢さんは25年払いのローンを抱えることになる。

「給料の半分近くの額を月々払い続けなければならなくなるので、なかなか決断できませんでした。60歳までローンから解放されないのかと考えると、不安で仕方なかったんです」

しかし、そうも言っていられず、もはや観念するしかない状態。

ここでふと、湯沢さんにあるアイディアが浮かんだ。それは、新築の一室を「プロレスの小部屋」にすること。

せっかく新しい家を建てるなら、今まで集めてきたプロレス雑誌や大会のポスターを並べる趣味部屋を作り、この部屋をモチベーションに、ローンを返済し続ければいいのではないか。

就職難のなかリストラ、苦難は続く

あとは仕事を頑張っていこう。そう決意して家の建て直しをして、プロレスの趣味部屋を作った。しかしその直後、今度は湯沢さんが新卒から働き続けていた会社からリストラされてしまう。バブルを過ぎた頃から会社の業績も右肩下がりの状態が続いており、湯沢さんを含む社員のリストラが始まったのだ。

ローンを抱えていることもあり、すぐにでも再就職先を探さなくてはいけない。ところが、当時は1999年、この頃は大学に出ていても就職先がなかなか見つからず、新卒学生が「就職氷河期世代」「ロスジェネ世代」と言われた時代だった。

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