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「降りる人が先」って誰に教わったんだろう 鉄道ラッシュを支える「訓練された乗客」はどう作られてきたのか

乗りものニュース / 2024年4月1日 7時42分

混み合う通勤電車のイメージ(画像:写真AC)。

鉄道の朝ラッシュ輸送は、通勤客の整然とした動きで支えられています。「整列乗車」「降りる人が先」といった“通勤しぐさ”は、いつ頃に生まれ、どのように共有されてきたのでしょうか。

過密ダイヤを支える客の乗降マナー

 いきなりですが、ちょっと頭の体操をしてみましょう。どこかの路線の朝ラッシュのある駅で、駆け込み乗車があり、何度かドアを閉め直したことで列車の発車が5秒遅れました。次の駅でも、その次の駅でも駆け込み乗車があり5秒遅れました。

 終点までの20駅で計100秒、つまり1分40秒遅れることになります。さらに列車の到着が遅れたためにホームが余計に混雑して、10駅目以降は乗降時間がそれぞれ5秒、計50秒増えてしまいました。これで合わせて2分30秒の遅れです。

 この路線は朝ラッシュピーク1時間の運行本数が24本で、運転間隔は2分30秒ですが、積み重なった遅れのせいで列車1本分の運転ができなくなってしまいました。輸送力にして4%の減少です。実際にはさらに次、その次へと遅れが波及していくので、影響はもっと大きくなります。

 このように身勝手な乗客がひとり出るだけで朝ラッシュ輸送は成り立たなくなってしまいます。言い換えれば乗客の「乗降マナー」が過密ダイヤを支えているのです。

 しかしこのマナーは、誰かに教えられたものではないでしょう。マナーポスターで取り上げられることもありますが、見ていない人の方が多いはず。私たちは周りの乗客の動きを見て、人波にもまれながら、訓練された乗客へと育っていくのです。

 このような「通勤しぐさ」はいつ頃に生まれ、どのように共有されていったのでしょうか。

今と同じ? 「交通道徳」の呼び掛け

 現在のような通勤ラッシュが起こり始めたのはちょうど100年前、1920年代のことです。電車通勤するサラリーマンが増えたことで通勤時間帯に増便するようになり、車両は2両編成、3両編成へと長くなりました。

 しかしまだ自動ドアの導入以前のこと。各車両の扉は中間乗務車掌と駅員が閉めて回りましたが、乗客が勝手に開けて飛び乗り、飛び降りする光景も珍しくなかったそうです。また、ホームが「かさ上げ」されていない駅も残っており、スムーズな乗降は困難でした。

 さらなる増便には停車時間の管理が不可欠です。1928(昭和3)年の『交通と電気』によると、1914(大正3)年の停車時間は主要駅が1~2分、中間駅は30秒でしたが、1918(大正7)年に主要駅は1分に統一。そして1925(大正14)年に主要駅・中間駅全て20秒停車を標準とし、乗降が完了次第すぐに発車してもよいということになりました。

 あわせて車掌から運転士への連絡用ブザーやドアエンジンの設置を進めますが、やはり乗客の協力がなくてはスムーズな乗降は不可能です。そこで現代で言うところのマナーキャンペーン「交通道徳」の啓発が始まります。

 鉄道省が1925(大正14)年に掲出したポスターは「降りる方を先に、乗り降り御順に」をキャッチコピーに、記事の冒頭に記したように電車の遅れが輸送力の減少につながることを説明しています(高嶋修一著『都市鉄道の技術社会史』)。

 交通道徳への関心は、昭和初期の大恐慌から景気が回復し、鉄道利用者が急激に増加した1940(昭和15)年頃から再び盛り上がります。戦時体制のもと統制が強化されたこともあり、警察庁や民間団体、新聞が「一降り二乗り、三発車」の励行を訴えたり、駅でセーラー服の女学生が「御順に一列! 押しあっては却って遅くなります」などとメガホンで呼び掛けたり、あの手この手の啓発が行われました。

鉄道での「迷惑行為」100年前で変化した?

 整列乗車は1947(昭和22)年、営団地下鉄渋谷駅の呼び掛けから始まったといわれます。おそらく駅公式の案内として実施したという意味で先駆例だったのでしょうが、ゼロから生まれたのではなく、戦時中の呼び掛けという下地があったから定着したのです。

 しかし終戦直後の大混乱では、交通道徳などと生ぬるいことは言っていられません。1946(昭和21)年には、荒廃したマナーを回復させるため交通道徳協会が設立されるなどの動きもありましたが、以降も引き続き乗降マナーの徹底が呼び掛けられたということは、その後も完全には定着しなかったのでしょう。

 それどころか日本民営鉄道協会が毎年調査している「駅と電車内の迷惑行為ランキング」によれば、コロナ禍で朝ラッシュの混雑が劇的に緩和した2023年ですら「乗降時のマナー(扉付近で妨げる等)」が3位(31.3%・複数回答)にランクインしています。

 具体的には「扉付近から動かない(62%)」「降りる人を待たずに乗り込む(19%)」「乗車列に割り込む(6%)」「駆け込み乗車(5%)」「周りの人を押しのける(4%)」とあり、結局、鉄道事業者と利用者の悩みは100年前から変わっていないのです。

 それでも100年前、50年前から格段に増加した利用者と運転本数で行われるラッシュ輸送がまがりなりにも機能しているのは、長い歴史の中で事業者と利用者が訓練を積み重ね、やがてDNAとして受け継がれてきた結果です。

 混雑が緩和し、遅れが減ったとしても、通勤時間は憂鬱なものです。駅と車内という公共の空間を共有する人々が周囲に気を配るだけで、鉄道利用はもっと快適なものになるでしょう。

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