「ちらし寿司」だけじゃない!ひなまつりに食べる「ばら寿司」とは

ウェザーニュース / 2019年3月2日 11時0分

ウェザーニュース

3月3日は、ひなまつりです。旧暦の3月3日は、桃の花が咲く時期であるため「桃の節句」と呼ばれていました。ひなまつりの行事食といえば「ちらし寿司」。すし飯の上にさまざまな具を「散らし」て、作ることが語源といわれています。しかし、「ばら寿司」をひなまつりの行事食としている地域があるのことを知っていましたか?

「ちらし寿司」が多数派

ひなまつりに食べるお寿司について、ウェザーニュースで調査を行ったところ、「ちらし寿司」が約8割と圧倒的に多い結果となり、「ばら寿司」はたったの7%と少数派でした。

しかし、都道府県ごとに見てみると「ばら寿司」を食べている人が一定の割合で存在していることが分かりました。最も多かったのが、岡山県の37%で、続いて徳島県、香川県、奈良県、大阪府、広島県と続きます。関西や中国、四国のエリアでは「ばら寿司」を食べている人が他のエリアと比べて多いようです。

◆「ばら寿司」が多い都道府県
1位 岡山県 37%
2位 徳島県 35%
3位 香川県 27%
4位 奈良県 22%
5位 大阪府 21%
5位 広島県 21%

そもそも「ばら寿司」と「ちらし寿司」は何が違うのでしょうか? 歳時記&食文化研究所の北野智子さんに伺いました。

「ばら寿司」の由来は?

ばら寿司のイメージ

ーー大阪で生まれ育った北野さんは「ちらし寿司」と「ばら寿司」の呼び名を使い分けていたと言います。

「お寿司屋さんで、すまし顔で食べるのが『ちらし寿司』、家で食べるのが『ばら寿司』と呼んでいて、日本中がそのようになっているのだと子供の頃に思っていたものです」(北野さん)

ーーなぜ、「ばら寿司」と言うのでしょうか?

「すし飯にばらっと具材を混ぜ込んでいるから、この名が付いたと言われています。大阪のスタイルで、ひなまつりやお祝い事など何かの行事の時に家庭で作られる寿司だったのです。一般的には、寿司飯には具材を入れず、寿司飯の上に具材をのせるのが『ちらし寿司』で、東京ではこのスタイルが多いようですね」(北野さん)

ーー北野家の「ばら寿司」はどういうものでしたか?

「母が作ってくれたものには、高野豆腐、椎茸、人参を細かく刻んで甘く煮たものと、甘酢にさっとくぐらせたちりめんじゃこを酢飯にまぜて、その上に海苔をパラパラと撒き、錦糸玉子をのせ、小鯛の酢漬け、タコ、イカ、エビ、マグロ、穴子、絹さやなどが所狭しとのせられ、端の方に紅しょうがが添えられたものでした。

いま考えると、母が作ってくれていたのは『ばら寿司』でもあり、『ちらし寿司』でもあります。『ばらちらし』とでも呼ぶべきもので、両者の“イイトコ取り寿司”だったのだと、後年知ったわけです」(北野さん)

岡山県で「ばら寿司」が多いワケ

ーー他の地域はどうでしょうか?

「岡山県では『ばら寿司』を『岡山寿司』とも呼び、郷土料理としても有名です。江戸時代、備前岡山藩主だった池田光政が、庶民の贅沢を禁じる質素倹約を奨励し、『一汁一菜令』を出したことで、岡山名物の『ばら寿司』が生まれたと言われています。

ご法度をかいくぐるため、一計をめぐらした庶民が作った『ばら寿司』は、瀬戸内海で獲れる魚介をはじめ様々な具材を器の底に敷き、それを覆い隠すように上から寿司飯をのせ、食べる直前に器をひっくり返し、ハレの日の料理として大いに舌鼓を打ったとか。この素晴らしい庶民の知恵には、『おぬし、なかなかのワルじゃのう』と、拍手を送りたい気持ちですね」(北野さん)

ーー桃の節句から始まる弥生三月、春の到来となりますね。

「『ばら寿司』は、野に咲く菜の花のような錦糸玉子の上に、華やかな赤色のマグロ、エビ、タコ、さらに春空の雲のような白いイカ、春の陽でぬるんだ土色の穴子、それらの間に若草色の絹さやを散らして…。なんと春に似合う食べ物でしょうか。今年も蛤のお吸い物と一緒に、酢飯の中にも上にも具がいっぱいの、母伝承『ばら寿司』を存分に楽しみたいと思っています」(北野さん)

「ばら寿司」か「ちらし寿司」か、「五目寿司」「まぜ寿司」ともいいますが、縁起がいいハレの食べ物で桃の節句を祝うというのは平安時代からの伝統でもあります。さあ、3月3日は美味しい寿司をみんなでいただきましょう!


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