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プロ野球選手がレコード歌手だった時代 今、歌わない理由 14年の中日・平田が最後?イチロー後に変化か

よろず~ニュース / 2024年3月21日 15時0分

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1958年に発売された豊田泰光(西鉄)のSP盤「男のいる街」。現役プロ野球選手が歌う最初のレコードといわれている(F.P.M.中嶋氏所蔵)

 宮藤官九郎脚本のTBS系ドラマ「不適切にもほどがある!」で、今ではあり得なくなった「昭和の価値観」が描かれて話題になった。その一つとして「プロ野球選手がレコードを出す現象」も挙げられるだろう。野球選手はなぜレコードを出し、そして今、歌わなくなったのか。プロ野球開幕を前に、新刊『プロ野球音の球宴・ディスクガイド』(東京キララ社)の著者でDJのF.P.M.中嶋氏に話を聞いた。(選手名は敬称略、カッコ内は歌唱当時の所属球団)

 まず、レコード歌手になったプロ野球選手第1号は誰か。

 中嶋氏は「1958年にSP盤でリリースされた豊田泰光(西鉄)が最初だと思われます。それ以前に、関根潤三(近鉄)が作詞したSPレコード(55年発売の『ここが命の2・3(ツースリー)』)もあるのですが、本人は歌っていないので」と解説。この豊田のデビューシングル「男のいる街」は作曲家・吉田正が手がけてヒットしている。

 60年代には王貞治(巨人)が当時の人気アイドル・本間千代子とデュエットした「白いボール」(65年発売)があるが、隆盛になるのは70年代半ばから80年代にかけて。つまり「昭和50年代」だ。歌謡曲がまだ〝流行歌〟として老若男女に共有された時代。野球選手だけでなく、大相撲の力士やプロレスラーらもレコードを出していた。

 その背景について、今年2月で還暦を迎えた中嶋氏は「レコード会社も上り調子で、人気者であれば選手にも声を掛けた。今でこそ様々な球団オフィシャルグッズが発売されていますが、当時はそれがまだなく、グッズとして選手のレコードを買う部分もあったのではないでしょうか。阪神の掛布が一軍に定着して人気選手になった頃、応援歌の『GO!GO!掛布』(76年)がオリコンチャートに入るくらいヒットしました」とリアルタイム世代として指摘した。

 選手の音盤は平成(90年代)に入ってもCDで存続した。

 外国人選手では、レジー・スミス(巨人)、ロッテのリー兄弟、アニマル・レスリー(阪急)ら80年代組に続いて、トーマス・オマリー(阪神)の「六甲おろし」が94年にCD発売。その衝撃的な歌声が話題になった。日本選手では池山隆寛や古田敦也(ともにヤクルト)、彦野利勝(中日)らが続き、監督ではヤクルト黄金時代を築いた野村克也が山口洋子作詞の「俺の花だよ月見草」を日本一となった93年に出した。さらに〝ハマの大魔神〟佐々木主浩は横浜から大リーグ・マリナーズに移籍した2000年、小室哲哉サウンドに彩られた「break new ground」をリリース。いずれも、今では〝平成レトロ〟と呼ばれる8センチ短冊CDだった。

 では、現時点で最後となっている音盤は何か。

 中嶋氏は「中日の平田良介が打席に立つ登場曲として自ら歌ったポップス調の曲『夢よ!叶え!~raise voice~』です。CDリリースは14年。これ以降、現役選手本人が歌っている音盤は確認されていません」と説明した。それから10年。選手はなぜ、歌わなくなったのか。

 中嶋氏は「アスリート志向」と「音楽業界の変化」の2点を要因として挙げた。同氏は「イチローの登場以降、野球選手がアスリート志向になって、芸能方面に向かわず、ストイックなイメージになった…という部分が一つ。そして、音楽業界もヒット曲が出にくくなり、CDの売り上げが落ちて、配信の時代にもなり、野球選手が音盤を出す状況が難しくなった」と分析した。

 「イチロー後」の日本球界で選手の意識は変わった。それでも、同氏は「いつの時代でも歌いたい選手はいるはず。イチローとオリックス時代のチームメイトだった藤井康雄はマキシシングルCD『…洋子,99』を出しています。ストイックなイチローに対し、実家がカラオケ喫茶という藤井さんは『歌いたい選手』が健在であることを示した。日本ハムにいたダルビッシュ有や大谷翔平にも、ひと昔なら、レコード会社からオファーがあったはず。結婚された大谷選手にはぜひ、落合博満(ロッテ)と信子夫人のデュエット曲『そんな2人のラブソング』をカバーしてもらいたいです」と夢を描いた。

 ちなみに「そんな2人のラブソング」の発売は86年。くしくも、冒頭で触れた「不適切にもほどがある!」において、現在にタイムスリップする体育教師(阿部サダヲ)の起点となる年だ。今ではありえない世界観として、その年、2年連続3度目の3冠王に輝いた超一流選手が妻と一緒に歌手デビューしたという事実があった。

 今の時代、大谷夫妻のデュエット曲など間違っても考えられないだろう。だが、中嶋氏が32年間に渡って、中古レコード店などでコツコツと収集した756枚もの野球音盤のジャケットやデータが詰まった労作を開いて〝あの時代〟に立ち返ってみれば、あながち、あり得ない話でもなくなるのだ。

(デイリースポーツ/よろず~ニュース・北村 泰介)

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