特集2017年6月1日更新

最近多発 痴漢疑われ「逃走」するのは正解か?

最近、「電車内で痴漢の疑いをかけられた男性が線路や改札から逃走する」事案が相次いで報道されています。この影響で、たびたび議論となる痴漢冤罪問題と絡めた社会問題として各メディアやネット上で議論が再燃しています。その経緯や論点などをまとめてみました。

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〈“触らない痴漢”が急増?〉女性の真後ろに立ってクンクン、息をフッ…「触られてないから声をあげられない」「ギリギリのラインを攻めてくるのが許せない」福岡ではリアルタイムで監視できる防犯カメラを地下鉄に導入

集英社オンライン / 2024年5月1日 16時0分

就職や進学で新環境に入った女性をターゲットとすることから、電車での痴漢の相談件数が増える傾向にあるとされる4月。そんな時期に一部の男性の新たな行動が問題視されている。 [全文を読む]

「痴漢を疑われて逃走」3月以降で10件以上も発生

中には死亡事故に発展するケースも

今年3月以降、電車内で痴漢を疑われて逃走する事案が後を絶ちません。そこで3月以降、「痴漢と疑われて逃走した」という報道があったものをまとめてみました。

3月以降の主な「逃走」事件

事件発生日 場所(路線と駅) 事件の概要
3月13日 JR総武線 御茶ノ水駅 痴漢を疑われてホームから線路に飛び降りて逃走
3月14日 JR埼京線 池袋駅 痴漢をとがめた女性を突き飛ばして線路に飛び降りて逃走
3月29日 JR埼京線 赤羽駅 痴漢を疑われてホームから線路に飛び降りて逃走
4月5日 JR埼京線 板橋駅 痴漢を疑われてホームから線路に飛び降りて逃走
4月13日 JR総武線 両国駅 中学生と高校生の女子2人に疑われ、線路に飛び降りて逃走
4月17日 JR埼京線 新宿駅 痴漢を疑われてホームから線路に飛び降りて逃走
4月25日 JR埼京線 板橋駅 女性と口論の上、ホームから線路に降りて逃走。翌日逮捕
5月11日 JR京浜東北線 新橋駅 痴漢を疑われてホームから線路に飛び降りて逃走
5月12日 JR京浜東北線 上野駅 痴漢の疑いをかけられ改札を突破して逃走後、ビルから転落死
5月15日 東急田園都市線 青葉台駅 痴漢を疑われ線路に飛び降り、後続の列車にはねられて死亡
5月18日 JR京浜東北線 川口駅 痴漢に疑われたと勘違いし、線路へ入り逃走。翌日逮捕

こうしてまとめてみると、(少なくとも報道されているのは)すべてが首都圏で発生していて、昔から痴漢被害が多いと言われている埼京線が目立ちます。また、ほとんどが「ホームから線路に降りて逃走」というパターンです。
このパターンが最もセンセーショナルに取り上げられたのは、3月14日に池袋駅で発生した事件。この事件では、現場の様子を撮影した動画がTwitter上に投稿され、その動画を報道各社が拝借してニュースで取り上げたことから大きな話題となりました。

5月15日、ついに死亡事故が発生

そして似たような事件が相次ぎ、「そのうち死亡事故が起きるかも」と指摘する記事やネット上の声が散見されるようになる中、ついに実際に死亡事故が起きてしまいます。

 15日の20時過ぎ、東急田園都市線の青葉台駅で、痴漢申告を受けたとされる男性が線路に飛び降り電車に跳ねられ死亡する事故が発生しました。これについて、Twitterでは「痴漢申告」がトレンド入りし、さまざまな意見が交わされています。

線路内逃走の代償は?

線路に降りて逃走する理由について、駅のホームは人が多くて逃げにくい上に駅員や警官もいて捕まる可能性が高い一方で、線路は逃げやすいからといいます。
しかし、逃走中に電車にはねられる可能性もある危険な行為である上に、刑事罰や賠償請求を受けるリスクもあります。

2年以上の懲役刑&数百万円単位の賠償

 線路に降り立つ行為について弁護士の高橋裕樹氏は「愚の骨頂」と一蹴した上で「仮に冤罪(えんざい)だったとしても、別の罪を犯すことになる。線路に立ち入って列車の運行を妨害した場合、刑法125条1項の『往来危険罪』に問われ、減刑されることもあるが基本的には2年以上の懲役刑となる。鉄道会社からも支払い能力があると判断されれば、民事訴訟で数百万円単位の賠償を請求されることもある」と話す。

「線路に降りて逃げる」は絶対にNG

現場から離れる際に、線路に立ち入るというのはいくら焦っているとしても、鉄道営業法違反や威力業務妨害罪に該当する行為です。多大な迷惑をかけることになるので、絶対に避けなければいけないことは言うまでもありません。

「痴漢を疑われて逃走」の論点とは?

「なぜ痴漢を疑われて逃走するのか?」については、「本当に痴漢をしていて捕まるのが嫌だから逃げた」と「身に覚えがないから逃げた」の2通りが考えられ、前者は言語道断で議論する価値もないことは明らかです。
今回ポイントとなっているのは後者で、これには次の背景があります。それは、一度捕まってしまうと疑いを晴らすことが難しいというイメージから「痴漢冤罪を回避するためにはその場から逃げるのが得策」という話がネットを中心に多くの人に信じられているという背景です。
それらを踏まえた上で、以下のような議論が起きています。

 Twitterでは「立て続けに死亡事案が起きている訳だから、いい加減痴漢容疑から逮捕までの制度を改めるべき」など逮捕までの流れを問題視する声をはじめ、「冤罪だった場合その相手の女性に罰を与えた方がいい」と痴漢冤罪の可能性に言及する意見や、それに反論する形で「痴漢申告のハードルを上げると、女性の泣き寝入りも増える」「そもそも満員電車をなんとかするべき」といった意見が挙がるなど、議論が紛糾。

このようにさまざまな議論や意見が噴出している中で、今回は「痴漢を疑われて逃げるのは正解なのか?」にスポットを当てていきたいと思います。
なお、以降当ページで「痴漢を疑われる」というのはすべて「身に覚えがないのに」という前提です。何度も言うように、痴漢は憎むべき犯罪であり、これから展開する話は「実際に痴漢をして逃げる」場合の話ではありませんのでご注意ください。

「痴漢を疑われたら逃げろ!」は正解なのか?

「逃げろ!」説はあの人気番組が発端?

「疑われたらその場から立ち去るべき」という説は昔から言われていますが、広まった原因のひとつは日本テレビの人気番組「行列のできる法律相談所」かもしれません。

『行列のできる法律相談所』(日本テレビ系)では、痴漢を疑われた場合の対応として、「立ち去るべき」と答えた弁護士が4人中3人に上った。
16年3月20日放送の「行列のできる法律相談所」(日本テレビ系)では、北村晴男弁護士が「本当に(痴漢を)やっていないなら立ち去る、あるいは逮捕される前に全力で走って逃げるしかありません」と述べ、菊池幸夫弁護士も「本当にやっていなければ、その場に留まる義務はないです」と話した。

なぜ「立ち去るべき」なのか

『行列のできる法律相談所』で弁護士たちが「立ち去れ」と述べたのは、刑事訴訟法214条が、「(警察官以外の人が)現行犯人を逮捕したときは、直ちにプロの警察官などに引き渡さなければならない」と規定しているので、痴漢を疑われた人が被害者(と称する人)と一緒に交番に行ってしまうと、そのまま警察署に連れていかれて逮捕・送検(合計72時間)、勾留(最大20日間)という流れになってしまうため、それならばとりあえず「立ち去れ」という考えが生まれるからでしょう。

「逃げる」に付随する多くのリスク

下に紹介する記事では、無理やり逃げることで生じるさまざまなリスクを挙げています。

被害者とされる人を含め周囲に人がいる中で逃げようとすると、逃がすまいとする人との間に摩擦が生じる。物理的に力を使えば暴行罪(刑法第208条)、ケガをさせれば傷害罪(刑法第204条)が成立しうる。狭いホームの上でもめ事が起きれば線路への転落事故や列車への接触も起こりうる。

記事では、これに加えて
・逃亡防止のためなどの理由で逮捕の必要性ありと認められやすくなる
・逮捕後の勾留決定(10~20日の身柄拘束)がされやすくなる
といった点を無理やり逃げる行為のリスクとして挙げています。

弁護士「メリットに比べ、デメリットが大きい」

アディーレ法律事務所の吉岡一誠(いっせい)弁護士に「仮に、やっていない痴漢を疑われた場合、逃走は適切な対応か」について見解を尋ねると、「様々な意見があるかと思いますが、期待できるメリットに比べ、デメリットが大きいと思われるので、個人的にはお勧めしません」とし、こう答えた。

最近では冤罪の可能性を慎重に判断

映画「それでもボクはやってない」や痴漢冤罪事件の報道などで世間に広まった感のある「一度捕まってしまうと疑いを晴らすことが難しい」「“被害者”の話だけで逮捕、起訴される」というイメージ。最近では風向きが変わってきているようです。

現在は、『被害者』の話だけで逮捕されたり、起訴されたりするのは、むしろレアケースです。捜査機関も、えん罪の可能性を相当慎重に判断するようになっています。ですので、決して逃げず、その場で疑いを晴らす努力をするべきです

痴漢を疑われた場合、どうすればいいのか?

さまざまな記事に目を通すと、「とりあえず逃げろ」は最善策ではないという意見が圧倒的で、上で紹介した記事のように、逃げずにその場で疑いを晴らす努力をするべきという論調が大勢のようです。
では、実際に痴漢を疑われた場合に具体的にどうするべきかを見ていきましょう。

まず「やってない」と強く主張する

前出の吉岡弁護士は「何よりもまず、『やっていない』ということは強く主張すべきです」とし、続けて「目撃者を探す」ことを勧めています。

証拠を集める

甲本晃啓弁護士も現場にとどまって証拠を集めることを推奨しています。

スマートフォンで、会話を『録音』することも有効です。痴漢被害を訴える相手方の最初の言い分は、後々非常に重要になります。その後、あなたの行動と相手の話に矛盾点が見つかれば、録音は疑いを晴らす材料になります。相手の言っている内容が、理由なく変遷すれば、信用できないと判断されるでしょう

「苗字と携帯番号」のメモを渡して現場を離れる

河西邦剛弁護士は「現行犯逮捕されないこと」と「後日逮捕(通常逮捕)されないこと」の2点が重要として、現行犯逮捕と通常逮捕を避けるためには、その場にいる人間に苗字と携帯番号を伝えメモを渡してから現場を離れることを推奨しています。

なお「名刺を渡せばよい」という見解もあるようですが、名刺には会社の電話番号や所在地が書いてありますから、警察が会社に突然やってくるという可能性を残すことになります。名刺を渡すことは避けたほうが無難でしょう。

なお同弁護士は、「その場で弁護士を呼ぶ」は現実的でないとも述べています。
また、前出の甲本弁護士は「駅事務室への連行は可能な限り拒否しましょう」としながら、次のような提案もしています。

自分から進んで駅事務室や交番などへ相手と一緒に行くことも選択肢のひとつでしょう。相手が冷静になれば『もしかするとこの人ではないのでは?』と考え直す機会もあります。

立ち去る際にも注意が必要

吉岡弁護士は現場を立ち去る際の注意点も述べています。

「後日警察から任意の事情聴取を求められる可能性はあります。また、立ち去る際に、被害を受けたと申告する女性や駅員等から制止されることもあるかもしれませんので、暴行をしたなどと言われないためにも、むやみに振り払ったりしないよう注意が必要です」

まとめると…

痴漢を疑われた現場では、「自分は犯人ではない」ということを関係者にアピールし、かつ、身元を明らかにして逃亡する意思がないことを客観的に示し、目撃者確保もしつつ、証拠隠滅の可能性もないとして「逮捕の必要性がない」ということも訴えるべきであろう。逮捕するなら後々問題にするぞということもアピールすることが必要である。

「どうすればいいのか?」が大体わかったところで、さらなるまとめの意味を込めて、今回の騒動で話題になったブログを紹介しておきます。
弁護士の三浦義隆氏が書いているブログで、「あえなく逮捕されてしまった」際の対処法なども詳しく解説してあるので、一読しておく価値は十分です。

とある対処法が「有効な冤罪回避手段か!?」と話題に

上で紹介した「逮捕するなら後々問題にするぞということもアピールする」につながるかわかりませんが、今回の騒動で議論が盛り上がる中、Twitterに投稿された以下の対処法も話題になりました。

これには、「冷静に対処できてすごい」という声や「常にスマホと吊り革で両手を塞いでおくことが一番の予防策」といったツイート、また女性の側が嘘をついていた場合の社会的制裁がないことを問題視する意見や、通勤・通学電車のラッシュがそもそもの問題だという反応もありました。

目撃者のとるべき行動とは

ここまで痴漢が疑われた当人がとるべき行動について触れてきましたが、痴漢が疑われる現場に居合わせた場合、もしくは痴漢行為を目撃した場合の望ましい行動や、目撃者としてできることについて軽く触れておきましょう。

捕まえる前に証拠保全を

逮捕した際に言い訳を許さないように、また冤罪の疑いがある場合にはそれを晴らすための証拠保全をしておきたいところです。携帯電話の写真や動画の撮影、周囲にいる他の方々との事実認識の共通化などです。
その上で、痴漢をしている人物のうち、実際に痴漢行為に及んでいる手などを掴み、痴漢行為に及んでいるのが誰なのかを、改めて写真や動画などを撮影しておくことが望ましいです。
本当に被害にあった被害者や、その周りにいた人であれば、『犯人』をスマートフォンで撮影してください。このような場合、動画撮影は証拠保全の手段として適法です。『おめおめと逃げおおせる』と思わせないことが重要です。ただし、別の問題が生じるので、ネットで公開することはやめたほうがよいでしょう

決めつけは絶対ダメ!

目撃者として「やってはいけないこと」については…

「何らの証拠も確証もないにもかかわらず、一方的な決めつけで痴漢呼ばわりをするということは、してはいけません。
いたずらに冤罪を招くことにつながりかねないばかりか、実際に犯人であったとしても、証拠不足であることから逃げ得を許すことにもなりかねません。
また、被害者を辱めることにもつながる恐れがあります。目撃者の不確実な証言により痴漢の冤罪が生まれた過去事例も少なくありませんので、常に冷静に物事を観察することが肝要です」

「男性専用車両」を求める声相次ぐ

「痴漢の冤罪」を防ぐため「男性専用車両」を

今回の騒動では、逃亡した男性に対して「冤罪の可能性」を指摘する声もあがり、「明日は我が身」と恐れる男性から「男性専用車両」を求める声が相次ぎました。

・こういう事件みて毎回思う。男性専用車両早よ作ってくれ!!
・やってないからパニクって線路に逃げたのかもしれないけど、電車止めちゃったらどっちにしろ逮捕か賠償金だよね...男性専用車両作りましょう。
・こんな異常事態が立て続けに起きてるのに、なぜ男性専用車両を作らないのか。何か女性に都合悪いことでもある?
・痴漢問題は解決が難しい問題だけど、最低でも女性専用車両と同じように男性専用車両を作ることは可能。同じ車両数を分けるなら平等だし、痴漢にあいたくないという女性の権利を守るなら、痴漢に間違えられたくないという男性の権利も守るべき。

少なくない「男性専用車両」希望者

しらべぇ編集部の調査では「朝のラッシュ時は男性専用車両も作るべき」と答えた男性はおよそ3割。30代の男性では4割が当てはまることになり、一定の需要があることがわかった。

痴漢を疑われた場合の対処法をまとめてはみましたが、疑惑を向けられた時点で面倒なことになるのは間違いありません。したがって、極力女性(とは限りませんが)に触れない位置取りをする、つり革やスマホで常に両手を塞いでおくといった自衛策を講じておくことが真の意味での最善策といえます。
なお、今回は最近増えている「逃走」にスポットを当てて「逃げるのは正解か?」をクローズアップしましたが、電車の痴漢問題については、痴漢行為そのものや痴漢冤罪問題のほか、そういった問題を引き起こす“痛勤”事情など、さまざまな論点があります。多くの社会問題が絡み合う痴漢事件については、また別の機会にも取り上げていきたいですね。

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