推しが性犯罪者になったらどうする? 話題映画『成功したオタク』から“ファンとしてのあり方”を考える
CREA WEB / 2024年3月30日 11時0分
ある日、「推し」が犯罪者になった――そんな衝撃的なキャッチコピーがSNSで注目を集める映画『成功したオタク』。
2018年に起きた韓国エンタメ界の大スキャンダル「バーニング・サン事件」によって、熱狂的に推していたK-POPスターが逮捕されるという大事件に直面し苦悩した一人の女性が、かつては「推し」に認知されていたほどの「成功したオタク」だった自分を見つめ、そして同じく突然「犯罪者のファン」となってしまった人々を追いかけたドキュメンタリーです。
事件に関与したとされるメンバーを含むBIGBANGの活躍と騒動をリアルタイムで見てきたライターの西森路代さんが、『成功したオタク』を読み解き、自分事として考えるためのヒントを教えてくれました。
ターニングポイントとなった「バーニング・サン事件」
「推し」という言葉が一般的になってもう何年かが経つが、広く知られるようになったからこそ、本来なら「推し」の範疇ではないことも「推し」のこととして語られたり、過剰に資本主義に取り込まれてしまうような歪みも見え始めたりしているように思う。
歪みが見え始めた結果、「推し」を持つ人にとって、「推し」がなんらかの問題を起こしてしまったり、事件に巻き込まれてしまうことは恐怖のひとつとなってきたのではないだろうか。
宇佐見りんの小説『推し、燃ゆ』(2020年)は、「推し」がファンを殴ってしまったことから始まる物語で、共感を持って受け止められた。韓国で制作されたドキュメンタリー映画『成功したオタク』も、「推し」がなんらかの罪を犯した後のファンたちに焦点を当てた話である。
しかも、これはフィクションではない。実際に起こったことに対するファンの気持ちと行動を追っているのだ。
韓国でフェミニズムを語るときに、2016年の「ソウル江南トイレ殺人事件」や、2018年から2020年までの「n番部屋事件」があったことがターニングポイントだったと言われている。そこに加えて、2018年の「バーニング・サン事件」への怒りも大きかったのではないかと思われる。
「バーニング・サン事件」の中心人物であるBIGBANGのメンバーのV.I(彼はクラブ・バーニング・サンの経営に関わっていた)が、女性たちを映した違法撮影物を流布したという報道には私もショックを受けた。彼が動画を共有していたグループチャットには、表舞台で活躍していたミュージシャンなどが多数いて、その名前を見ると、ちょうど自分が主にK-POPの仕事をしていた頃に活躍していた人たちばかりでなんとも言えない気持ちになった。
私自身もBIGBANGの取材をしたこともあったし(人気が凄すぎて記者会見にしか行ったことはないが)、ライブにも何度も通っていたファンであったが、「バーニング・サン事件」が明るみになるずっと前のライブでメンバーのG-DRAGONが、アルバムや仕事のことで連絡を取り合うBIGBANG内のグループチャットにおいて「スンリ(V.I)さんは、僕らのグループチャットには、まったく反応してくれない。ビジネスが忙しいのかな?」といったことを冗談とも嫌みともつかない感じで言っていたことを覚えている。
バラエティなどでも活躍する、グループで一番年下で三枚目なキャラクターのスンリが、あのカリスマ揃いのグループの中で、そんな不遜な態度をとっているとは、意外なもんだなと思った記憶があるが、後になって事件を知り、V.Iはバーニング・サンの仲間とのチャットでは頻繁にやりとりをしていたのかと思うと腹立たしかった。被害女性のことを考えると、そんなものではすまされないのだが。
それまで真剣に応援してきたファンであれば、どれほど衝撃を受け、傷ついただろうか……。そんな痛みが描かれているのがこの『成功したオタク』なのである。
しかし、「推し」は性加害で逮捕されてしまう
『成功したオタク』の監督のオ・セヨンは、まさにその「バーニング・サン事件」のグループチャットに参加していたミュージシャンのファンであった。彼女は、その「推し」に認知もされているようなファンで、いわゆる「成功したオタク」の一人だった。
しかし、「推し」は性加害で逮捕されてしまう……。
彼女の場合も『推し、燃ゆ』のように、「推し」は自分の「背骨」のようなものだったからこそ、傷つき怒りを覚えた。彼女の友人のひとりは、推しに対して「一生刑務所から出てくるな。女性たちをダマす男なんて人間じゃない」と怒りを露わにしていた。
私もそこまで熱心ではなかったが、スンリ(V.I)のいたBIGBANGのファンであった。だからこそ、この事件が明るみになったとき、スンリのことを単なる面白いマンネ(一番年下のメンバー)だと思っていた自分の見る目のなさを恥じる気持ちもあったし、そんなスンリに気付かずにグループを応援していた自分が、スンリの罪に対して何を言えるのかと思う気持ちがないでもない。
しかし、表では明るく三枚目風にふるまいながら、裏では性加害をするような人のことを、「芸能界」というフィルターで隠していたのであり、表に伝えられる要素で100%その人を理解できるわけはないからこそ、ファンであった自分を責めることはないとも思う。
この映画でも、そういったせめぎ合いを見せるファンは多い。監督も、グッズの数々を「お焚きあげ」しようと友人と思い出話をするうちに、なつかしさがこみあげ、思わず「推し」のことを擁護してしまう瞬間もある。でも、彼女たちはやっぱり、「私の過去が汚されたのよ」「あなたの近くにいる女性たちが、権力を持つ男たちに痛めつけられたり利用されたりしています。それでもあなたは彼をかばうんですか」という姿勢である。
しかし、いまだに彼のファンだと言う人も存在していて、監督は戸惑い、そんな彼女たちの気持ちがなんたるかにも気付こうとし、旅を続ける。
復帰先として日本が選ばれる理由
結局は、どちらも「傷ついている」ということなのだと思う。アイドルというのは、虚像であるのは前提である。そんな「推し」のことを神聖視しすぎるのもよくないが、神聖視するよりももっと性加害をする方が悪い。傷ついた側が、どうしていいのかわからずに、自分のバランスを取ろうとする気持ちは痛いほど理解できる。
もしかしたら、「擁護する人」も「怒り狂う人」も、傷つきに対する反応を見せているのにすぎないのかもしれない。そんな風に映画を見て思った。
映画の中で、かつての輝かしい「推し」のことを語る彼女たちの顔は、今でも明るい。「推す」という行為自体は決して悪くはない。自分が彼らのなんたるかを知らずに、夢中になっていたことも悪くはない。悪いのは、人に加害を行った「推し」自身なのだ。
ただ、「バーニング・サン事件」に関わったタレントや、そのほかの事件で起訴されていた韓国の俳優やミュージシャンたちが、次々と復帰しているという。しかも、その場所として日本を選んでいる人も多いというではないか。そこには、日本のファンが、彼らに「怒る」よりも「許す」人の方が多いことも無関係ではないだろう。
しかし現時点で私は、日本において「許す」ことが重要視され「怒る」ことが忌避されているようにも感じている。このように「怒り」がないがしろにされることで、日本で起こる様々な芸能の問題に関しても、そして政治の問題に関しても、早々に解決したような感覚になってしまって、問題の本質を見ないままになってしまっているように思うこともある。
この国で「怒る」ことがタブー視されている間は、このような映画は撮れないのかもしれないとも思ってしまった。
文=西森路代
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