新聞やテレビを信じすぎる日本人の低い読解力
プレジデントオンライン / 2020年1月9日 9時15分
■日本人の「読解力」を低下させた犯人は誰か
経済協力開発機構(OECD)は2019年の12月3日、世界79カ国・地域の15歳(約60万人)の生徒を対象に2018年に行った学習到達度調査(PISA調査、3年に1度実施)の結果を公表し、日本は、3つの学力テストのうち「数学的リテラシー」と「科学的リテラシー」は世界トップレベルを維持したものの、「読解力」が15位となり、前回15年調査の8位から大きく後退した点が報道各社によって報じられた。
その後、新聞各社の社説や各種のネット記事で、高校生の読解力後退が日本の将来を危うくしかねない兆候と見なされ、何を改善したらよいかという関心のもとに読解力後退の要因探しがはじまった。
それらの多くが、読解力を後退させた犯人は、「スマホの影響」や「読書不足」といった説であり、それがあたかも真実のようにおもわれているフシがあるが、果たしてそれは本当か。データそのものから導き出される真の要因と私が考えるものを説明していこう。
■日本人の読解力は、00年8位→06年15位→12年4位→18年15位
議論の前提として、まず、今回のPISA調査の結果を概観しておこう。
図表1には、調査参加国の読解力の点数と順位を上位40位まで掲げた。順位については、国名の下には、調査がはじまった2000年からの3年ごとの値を下から上に並べた。
トップ・グループを見ると中国(北京など4地域のみ)、シンガポール、マカオ、香港といった中華系の国が多くなっている。こうした地域に頭のよい子が多いことになるから欧米人の抱く中国脅威説、あるいは東アジア脅威説に根拠を与えるかたちになっている。
日本の順位は8位から出発し、06年に15位までに低下したが、その後、12年に4位までに回復した。しかし、その後、前回15年、今回18年と8位、15位と低下したことが分かる。日本以外の国別の順位の変化を見ると前回から今回にかけて、ドイツ、フランスは日本と同様に順位が下がり、英国と米国は、逆に順位が大きく上昇していることが分かる。後段で詳述する要因説とも関連するのでこうした国別の順位の変化を少し頭の片隅に留めておいてほしい。
■意外! 読解力はゆとり教育で上がり、脱ゆとり教育で下がった
図表2には、読解力だけでなく、数学的リテラシーや科学的リテラシーのテスト結果を含めて、3教科の日本の点数と順位の変化を示した。テストの配点はOECD諸国の平均がほぼ500点になるように調整されているため、順位ばかりでなく、点数そのものでどの科目が強いかといった比較やそれぞれの科目の時系列変化を追うことができる。
日本の推移を概観すると、数学的リテラシーや科学的リテラシーの成績はほぼ安定的に推移しているのに対して、読解力についてはアップダウンが激しいことが分かる。特に、今回18年は順位が大きく低下したばかりでなく、点数が504点とOECD平均近くまで下落したことが理解される。一部に調査参加国の増加〔図表1の(注)参照〕が読解力の順位急落の原因と解されているが、点数の推移から判断すれば、それは見せかけの成績低下とはいえないのである。
今回の読解力低下について、ゆとり教育との関連についてあまり言及されていないが、2003年の読解力順位急落がPISAショックとして受け止められ、ゆとり教育の見直しにつながったという経緯が思い起こされる。
2012年の順位上昇は脱ゆとり教育の成果とも見られたが、実は12年調査の対象者は小1から中3まで授業時間が最も少ない「ゆとり教育」(2002~11年)を受けた世代だったのでそれは間違いだ。そして、今回18年の対象者は、まるごと「脱ゆとり教育」世代なのである。
つまり、皮肉なことに、「読解力はゆとり教育で上がり、脱ゆとり教育で下がった」ともとれる結果なのである。要は、教育行政だけで学力が上下したりはしないというのが実態であろう。マスコミも含めて、かつてPISA調査の結果で「ゆとり教育、是か非か」を大いに騒いだことには知らん顔なので一言ふれておく。
■読解力低下の要因は、学校PC不足かスマホや読書減か
以上のような今回PISA調査における読解力急落に対して、学力の反転上昇へ向けた対策を練るには、当然、その要因を明らかにせねばならない。しかし、論者の主張を読んでみると、自分の立場に都合の良い要因説ばかりが目につく。
デジタル時代に対応した学力を伸ばすためとして、小中学校の児童生徒1人あたり1台のパソコン配備を目指している文部科学省は、今回の調査で、デジタルデータの探索をする課題が多くなったことから、「日本の生徒は機器の操作に慣れていないことが影響した可能性がある」とマスコミの取材に対してコメントしている。
今回、調査対象となった児童生徒が脱ゆとり教育の世代である点を考えると教育行政の失敗と反省してもよさそうであるが、そういう点に関しては、おくびにも出さない。
一方、新聞の社説や有識者など活字文化の意義を強調したい論者は、読書を肯定的にとらえる生徒ほど読解力の点数が高いという結果から、スマホの普及などで読書量が落ちているため、読解力の点数が低下したという議論が見られる。
しかし、全国各地の学校では「朝の読書運動」に取り組んでおり、毎日新聞が毎年行っている学校読書調査でも、小中学生の書籍に関する1カ月平均読書量はこの10年間以上増加傾向にある。そもそも読書量が落ちているわけではないので、読解力低下の説明にはならない。
本連載の昨年9月11日の記事「バカでキレる子を量産する『ネット依存』の怖さ」でふれたように、日本の子どものスマホ使用時間は欧米と比較するとまだ短いほうである。スマホの影響で読解力が落ちるとしたら欧米各国の方が大きく落ちるはずであり、日本はむしろ相対的に地位が上昇してもおかしくない。そうした意味で今回の読解力の点数低下をスマホの悪影響に帰するのは無理がある。
■元文科省事務次官・前川喜平氏の鋭い指摘
筆者が不思議に思うのは、メディアなどの論評が今回の結果の要因が、日本の高校生の学力が低下したことによるものではなく、むしろ、OECDによる学力の評価方法が変わっただけかもしれないと少しも疑わないことである。どの国で読解力の点数が上がり、どの国で下がったかを調べて、日本の急落の原因を探ろうという視点を持つ者もいない。
今回のPISA調査の結果についての要因論をいろいろ読んでみた中で、注目すべき論評がひとつあった。それは、元文科省事務次官で初等中等教育局長だったこともある前川喜平氏が、東京新聞の「本音のコラム」に書いた「PISA2018」という短い記事である(2019年12月8日)。
「そもそも読解力テストは(国ごとの)文化バイアスが大きく出る。18年の成績低下は、単に(課題の)問題文が日本の生徒になじみのない内容だったからかもしれないのだ。3年後には成績急上昇ということもありうる。要は3年スパンで上がった下がったと一喜一憂しないことだ。少なくとも『授業時間をもっと増やせ』などという暴論が暴走しないよう気をつけよう」
上述のPISA調査とゆとり教育との関連もこの記事は踏まえており、この見解と合わせ、かつて直接の当事者だった人、しかも今は組織の立場から自由になった人の発言だけに説得力がある。
■読解力の判断基準が理解力から評価力へと大きくシフト
調べて見ると、今回の読解力テストは、前回と比較して「理解力」というより、「評価力」に重点を移したものだった。この点を図表3に整理した。
OECDによれば、読解力は「①情報探索力」と「②理解力」と「③評価・熟考力」の3つの能力から判断されており、実は、今回「③評価・熟考力」に特に重点を置かれるように変更されたのである。
「③評価・熟考力」に関わる出題例としては、イースター島における森林消滅についての複数の要因説、すなわち島民による環境破壊説、及びナンヨウネズミという害獣犯人説を比較評価させる設問があった。
このほか、電子レンジを宣伝する企業サイトと雑誌記事を比べて、真偽を評価し、根拠を示してどうするかを答える記述式問題もあった。これらの正答率がOECD平均の27.0%に対して日本は8.9%と低かった。
読解力の得点は、OECDによって、読解力を構成する「個別の能力」でも採点されている。図表3にも記したように、日本の点数順位は、「②理解力」では、英米を上回る13位と成績がよかったが、その他の2能力では英米を下回り、特に「③評価・熟考力」では19位とかなり低かったのである。つまり「③評価・熟考力」に重点シフトしなかったならば、読解力全体の点数はそれほど下がらなかったはずなのである。
つまり、日本の高校生は「③評価・熟考力」が得意でなかったため、読解力が下がったように見えたのである。しかし、この「評価・熟考力」が不得意という傾向が、調査を受けた15歳だけでなく日本人全体に言える「文化バイアス」である可能性もあり、重大な問題をはらんでいる。
■マスコミを信頼している日本人と信頼していない英米人
PISA調査の読解力が、日本は急落、英米は上昇という結果を知ったとき、私が思い出したのは、「軍隊」「警察」「行政」などどんな組織・制度を各国民は信頼しているかという点に関する「世界価値観調査」の調査結果である。
図表4は、同調査において主要国の国民が、さまざまな組織・制度に対してどのぐらい信頼を寄せているかを一覧表にしたものである。例えば、日本人は「裁判所」への信頼度が最も高く、73.7%の人が信頼していると回答しているので、70%台の欄に裁判所と記載している。
どの国でも、「警察」「裁判所」といった司法機関や「軍隊」への信頼度は高くなっている。こうした組織への信頼度が低いと安心して毎日生活できないので、当然のことなのかもしれない。
一方、「政府」に対する信頼度は、いずれの国も高いとはいえない。日本、英国、イタリアは10~20%であり、最も高いスウェーデンでも50%台止まりである。表には掲げていないが中国における政府への信頼度は80%台と高いのとは対照的である。どんなに「政府」への信頼度が低くても、自分たちが選んだ政府なので、政権自体は安定しているというのが民主主義国家の強みなのである。
日本の特徴は、一見して分かる通り、「新聞・雑誌」や「テレビ」といったマスコミへの信頼度が60~70%台と他国と比較して非常に高い点にある。主要国の中では、米国、英国、イタリア、オーストラリアではマスコミへの信頼度がせいぜい10~20%台であるのと比較すると雲泥の差である。日本ほどではないが、やはりマスコミへの信頼度が高いのは韓国ぐらいである。
■「マスコミ信頼度と読解力」の微妙な関係
日本では、大手紙やNHKなどが提供するニュースに一定以上の信頼を置く者は多いように思う。しかし、欧米、特に英米ではマスコミの言うことをそのまま信じる者は少ない。トランプ米大統領が、自分に都合の悪い報道を「フェイクニュース」と非難してはばからないのに対して、日本人は不届きな発言との印象を抱きがちであるが、そういう大統領を支持している国民は、そもそもニュースをあまり信頼していないという背景を理解すれば、それほど不思議なことではない。
欧米諸国に対して、日本人など儒教の伝統を有する国民は、「文」に対する従来の尊重精神から、あるいは真実の追求というより社会改善を優先する儒学者的なマスコミの気風に共鳴しているためか、マスコミの言うことを真に受ける傾向が強い。
このため、社会のマイナス面の指摘に偏りがちな日本のマスコミの報道が、自分たちの社会に対する否定的な見方を必要以上に増幅するという副産物を生んでいるのも確かであろう。
つまり、マスコミの活字文化を信用していない国ほど今回の読解力テストは有利になるのではないかということが疑われるのである。そこで、世界価値観調査(及び同じ設問の欧州価値観調査)と今回の読解力テストの結果が同時に得られるよう、両者の関係を相関図にしたものを図表5に掲げた(OECD諸国について)。
あまり相関度は高くないが、右下がりの負の相関傾向が認められる。すなわち、どうやら、報道に対して疑り深い国民ほど今回の読解力テストは得点が上昇したようなのである。
考えてみれば、当たり前であろう。いつも報道内容を疑う習慣のある国民は、紙かデジタルかを問わず、各種のテキストを比較対照して評価する訓練がなされており、それが、高校生にまで浸透している可能性があるのである。
OECDの担当者であるアンドレアス・シュライヒャー教育・スキル局長も、今回の出題傾向と日本の結果について、こう説明したという。
「フェイクニュースの多いデジタルの世界では複数の出どころの情報を比較し、事実なのかどうか区別をつけないといけない。事実かどうか精査されていた紙のメディアを読むのとは異なり、デジタルテキストに慣れていないことが多い日本の15歳にとって容易ではないだろう」(朝日新聞、2019年12月3日)
フェイクニュースだけではない。現代社会はウェブやSNSなど真偽のはっきりしない情報にあふれている。その中で、真偽を判別したり、判別できないことに関しては判断を停止したりといった能力が現実的に大切になってくる。3年に1度PISA調査をしているOECD担当者は、そうした特に欧米でいち早く顕著となっている状況を踏まえて読解力の出題傾向を変更したのだと考えられる。
日本は、幸か不幸か、著述家や編集者によって真偽の判断や情報の質の評価がなされた上で世に出される活字文化が発達しており、おおむね信頼できる情報が多いため、活字文化につらなる報道に対しても信頼を寄せている国民が多い。
日本人は高校生も含めて、文章情報の意味内容を理解する能力は高いのであるが、フェイクニュースや真偽のはっきりしないテキスト情報をどう扱ったらよいかについては不慣れなのである。
これが今回の読解力の点数の急落の真の理由であろう。
新聞の社説は、活字文化にもっと親しむことが読解力向上にとって重要だといっているが、これほど皮肉な主張はない。新聞の社説だからといって真に受けないようにしなければ現代社会を生き抜くための読解力は向上しないからだ。
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統計探偵/統計データ分析家
1951年神奈川県生まれ。東京大学農学部農業経済学科、同大学院出身。財団法人国民経済研究協会常務理事研究部長を経て、アルファ社会科学株式会社主席研究員。「社会実情データ図録」サイト主宰。シンクタンクで多くの分野の調査研究に従事。現在は、インターネット・サイトを運営しながら、地域調査等に従事。著作は、『統計データはおもしろい!』(技術評論社 2010年)、『なぜ、男子は突然、草食化したのか――統計データが解き明かす日本の変化』(日経新聞出版社 2019年)など。
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(統計探偵/統計データ分析家 本川 裕)
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