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「こわける前に直す」トヨタの保全マンがどこよりも多いワケ

プレジデントオンライン / 2020年12月10日 9時15分

トルコ・サカリヤにあるトヨタ自動車工場で働く作業員ら(2017年4月19日)

新型コロナウイルスの影響で自動車業界は危機にある。だが、トヨタ自動車だけは直近四半期決算で黒字を計上した。なぜトヨタは何があってもびくともしないのか。ノンフィクション作家・野地秩嘉氏の連載「トヨタの危機管理」。第13回は「保全という仕事」——。

■トヨタに欠かせない3つの「保全」

トヨタの危機管理における大きな特徴のひとつに「卓抜な保全の力」を上げた。では、同社の保全マンは他社と比べてどこが違うのか。常日頃からどういった仕事をしているのか。

トヨタの事例を説明する前に、まず保全には「事後保全」「予防保全」「予知保全」という3種類があることを伝えておかなくてはならないだろう。

事後保全とは設備、機械、システムの機能が停止したり、パフォーマンスが低下したりした場合、原因を究明して対処することを言う。

予防保全は、さらに「定期メンテナンス」と「予防メンテナンス」に分かれる。

定期メンテナンスは文字通り、設備、機械、システムを安定的に稼働させるため、点検、修理、部品交換を定期的にやること。

予防メンテナンスは設備、機械、システムを安全に稼働させるために行う活動。部品がどれくらい劣化しているかを調べて交換する。

予知保全は兆候管理でもある。異常が出そうな兆候を認めたら、素早く予防メンテナンスを実施して対処することだ。そうした地道な日々の業務がトヨタの安定した生産と品質を支えていると言っても過言ではない。そして、危機管理や支援活動もトヨタの保全マンの一つの使命である。

危機管理、支援活動は事後保全であり、その他は日常的な保全業務だ。

■「こわける」前の予防に力を入れる

トヨタの保全の力については、執行役員で「おやじ」の河合満、そして、エンジンを作る上郷工場の斎藤富久工場長に聞いた。

ふたりが使う言語は三河弁だ。たとえば「こわける」という言葉がある。わたしは部品を小分けにすることかと思っていたら、そうではなく、「壊れる」の意味だった。

わたしが、おやじに聞いたのはトヨタの保全と他社のそれとの違いである。

河合は言った。

「まず、うちは人数が多い。よそはうちの6割くらいでしょう。それだけではない。トヨタはどの工場の各部、各課も保全マンを抱えているし、特に予防保全に力を入れている。予防保全、つまり、こわける前にこわけないようにする保全は他社はあまりやっていないね。

それと、海外工場の支援を日ごろからやっているんですよ。うちは『トヨタ・ニュー・グローバル・アーキテクチャー(TNGA)』というシステムで、車台や部品を共通化しています。工作機械も共通だから、海外工場から突発的な故障に対して質問が来てもすぐに対処できる。

新型コロナ危機では保全も海外出張できなかったから、リモートで機械の故障を直す指導をしていた」

■壊れたものをただ直すだけではない

「保全はいったん、危機が来たら協力会社や一般のところへ支援に行きます。それも復旧するだけでなく、工作機械の故障まで直してくる。ついでに、不良品が出ないような指導もしてくる。小さな工場だと保全マンがいないところもあるんですよ。そういうところに派遣して保全のすべてを教えてくる。

そして、これはうちにとっては人材教育なんです。教えるためには自分が勉強しなくちゃいかん。僕は言ってるんだ。協力会社へ派遣したら、先方の方たちに『こいつらから教わるだけでなく、現場とは何かを厳しく教えてやってくれ』と。

保全マンは先生じゃない。同じ立ち位置でいろいろなことを勉強させてもらう。それで勉強させてもらったら、その恩返しに一つぐらい何かおまえいいことを置いてこいよと言っとるんだ。向こうが不良で困っとるとする。自分がノウハウを持っていたら、それをちょっと教えてこい、と」

トヨタの保全マンは修理するだけではない。直したうえで、その後も故障が出ないような予防保全の仕方を指導してくる。

そして、彼らは保全の力を維持するために勉強を欠かさない。たとえば電気制御、センサーといった機器の場合、技術の進歩は日進月歩(古い)というか、昨日の技術はもう通用しない。IT、制御については日々、知識の習得とスキルアップに励んでいる。

機械の点検
写真=iStock.com/da-kuk
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/da-kuk

■メディア初?「保全マン」に密着

わたしは実際に保全マンに会って仕事について、話を聞いた。

面白いことに、保全マンに取材を申し込んだのはトヨタの歴史始まって以来、わたしが(ほぼ)初めてだという。彼らは社内報に出ることはあったが、外部メディアには出たことがない。まったくの縁の下の力持ち(これも古い)なのである。

さて、上郷工場(愛知県)は1965年に稼働を始めた。日本初のエンジン専門工場で、鋳造から機械加工、組み付けまで一貫して生産している。

工場の従業員数は、約3000人、そのうち保全マンは約280人。トヨタのなかでも保全の人数が多い工場で、業界平均よりも3割は多い。

保全は機械設備課という名称になっており、8つのセクションに分かれている。担当する設備の台数はトータルで3700台である。仕事は3交代で24時間勤務。休みの日以外、保全マンは必ず生産現場にいる。

ひとりの男がわたしに近づいてきて、最敬礼した後、挨拶をした。取材に慣れていない様子である。

「こんにちは。私は機械設備課の副課長をしております高橋洋一です。現場の保全をやって37年間。ずっと保全一筋でやってきました」

高橋は最敬礼した後、わたしが返礼するのを待たず、マイクを持ち、ソーシャルディスタンスを保ちながら、一方的にしゃべり始めた。

■目指しているのは「壊れる前に直す」こと

「世間のみなさんがお持ちの保全のイメージとは、機械が壊れたら直す、復帰させるといったことだと思われますが、しかしですね……」

そうか。それだけではないのだなと受け取ったら、高橋はまじめな顔で続けた。

「私たちもその通りだと思っております。当然、そういったことを行っておりますから」
「ですが、一秒でも早く復帰させて、とにかく同じ故障が起きないよう、再発防止をするわけです。なんといっても私たちが目指しているのは、壊れる前に直すこと。そのために製造、技術とタッグを組み、日々、自主保全活動を行っております」

故障を早く直すこと、壊れる前に機械の調子を見るにはプロの目と経験が必要だ。彼らはさまざまな技能検定に挑んで、資格を取る。そうすれば知識とスキルが増える。

彼らは機械が壊れるまで休憩室でカフェラテを飲んで待機しているわけではない。保全マンの一日に休息はない。順調に設備、機械が稼働している間は、予防保全・定期保全の準備や壊れない設備にする改善も進める。また、人財育成の教育や自学・自習も怠らない。教育を受けるか、自学自習している。

※この連載は『トヨタの危機管理』(プレジデント社)として2020年12月21日に刊行予定です。

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野地 秩嘉(のじ・つねよし)
ノンフィクション作家
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)、『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『ヤンキー社長』など多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。noteで「トヨタ物語―ウーブンシティへの道」を連載中(2020年の11月連載分まで無料)

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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)

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