点検すればするほどボロが出る…岸田政権が陥った「マイナンバー総点検」という無間地獄
プレジデントオンライン / 2023年8月21日 7時15分
■デジタル庁が立ち入り検査の対象になった
マイナンバー制度をめぐる混迷がますます深刻さを増し、岸田文雄政権を激しく揺さぶっている。報道各社が世論調査を実施するたびに、内閣支持率は下がる一方で、軒並み内閣発足以来の最低水準を記録している。
そんな中、政府の個人情報保護委員会が7月下旬、ついにデジタル庁に立ち入り検査に入った。理由は「マイナンバーを巡る情報管理に問題があった」ということで、制度を所管する官庁としての適格性が問われる前例のない“事件”である。国民全員に関わるマイナンバー制度の根幹に関わる由々しき事態と言わねばならない。
「聞く力」をウリにする岸田首相が意を決して臨んだ8月4日の記者会見では、2024年秋の保険証廃止の従来方針に固執し、延期や廃止を求める世論に応えようとはしなかった。さらに、8月8日に発表したマイナンバー不祥事の中間報告では、トラブルが拡大していることが明らかになった。
個人情報の漏洩に対する国民の不安と不信は広がるばかりで、内閣支持率が急落するのも当然だろう。
本欄では、『「マイナ保険証の義務化」にも世論は大反発…岸田政権がゴリ押しする「マイナカード」が広がらないワケ』(2022年11月3日付)と題した論考で、主務大臣の河野太郎デジタル相に期待された「突破力」が「暴走力」になりかねないことを指摘したが、現状はまさに懸念した通りになってしまった。
もはや内閣支持率の回復のためには、現行の保険証を存続させ、河野デジタル相を更迭するしかないのではないだろうか。もっとも、それは政権の大失態を自ら認めるという皮肉な話なのだが……。
■内閣支持率は政権維持の「危険水域」に
直近の世論調査による内閣支持率は惨憺たる数字が並び、「マイナ保険証」の延期や廃止を求める声は高水準で推移している。
NHKが8月14日に発表した世論調査(調査期間8月11~13日)によると、「支持する」は33%で、7月の調査より5ポイント下がった。これに対し、「支持しない」は45%で4ポイント上がった。与党支持層に限ると11ポイントも下がって57%に落ちたことが特筆される。支持率の下落は3カ月連続で、岸田内閣発足後、最も低かった22年11月、23年1月と同じ水準になった。
保険証の廃止については、「予定どおり廃止すべき」は20%にとどまり、「廃止を延期すべき」34%、「廃止の方針を撤回すべき」36%と、実に7割が既定路線の変更を求めた。
政府が発表した再発防止策についても、「あまり評価しない」35%、「まったく評価しない」21%と、否定的な見方が過半数を占めた。
岸田首相の記者会見直後に行われた時事通信(同8月4~7日)では、「支持」が27%(前月比4.ポイント減)と、政権維持の「危険水域」とされる2割台に転落。「不支持」は47%(同8.イント増)と、政権発足以来最高を記録した。
■「マイナ保険証」への不信は募るばかり
毎日新聞(同7月22~23日)は、「支持」が28%と2カ月間で17ポイントも下落、「不支持」は65%で2カ月間で19ポイントも急増した。
朝日新聞(同7月15~16日)は、「支持」37%(前月調査5ポイント減)、「不支持」50%(同4ポイント増)。マイナンバー制度への信頼性について61%が「信頼していない」(「あまり」42%、「全く」19%)と答えた。
比較的高めの支持率が出るとされる読売新聞(同7月21~23日)も、「支持」は35%と前月から6ポイント下落し、21年10月の内閣発足以降最低を記録。「不支持」が52%で前月から8ポイントも急増し過去最高となった。「マイナ保険証」に一本化することへの「反対」も58%と高かった。
今春からマイナンバーをめぐる不祥事が全国規模で次々に発覚。数え上げたらキリがないほど、さまざまなトラブルが明らかになっている。
立ち入り検査の対象となったマイナンバーと預貯金口座をひもづける公金受取口座登録問題に限っても、他人の口座を誤登録したケースが確認されただけで940件、本人以外の家族名義の口座に登録した事例は約14万件にも上る。埼玉県では、実際に他人の口座に誤って入金してしまった。
■次々に発覚したマイナンバー絡みの不祥事
「マイナ保険証」をめぐっては、別人の情報を登録したケースが8441件も判明、薬剤情報が閲覧(15件)されたり、保険資格を確認できずに「10割請求」(約770件)されたり、本人の同意なくひもづけが行われた(10件以上)など憂慮すべき事例が続出、、返納する動きも広がっている。
ほかにも、別人の情報が登録されたケースが次々に明らかになった。年金関連では、共済年金(119件)や労災年金(1件)で発生。障害者手帳では2883件が確認された。マイナポイントでも、別人をひもづけたケースが131自治体で172件あった。
コンビニ交付サービスでは、別人の証明書を交付(15件)したり、誤った内容を記載した証明書を交付(45件)したケースがわかっている。
すべての国民が生涯不変で固有の番号をもつマイナンバーは、個人を特定できるため、漏洩した場合のリスクが大きい。それだけに、十分すぎるほどのリスクヘッジと確実な管理が求められるのは、言わずもがなだ。
■なぜミスを連発してしまうのか
マイナンバーをめぐるトラブルの多くは自治体などの窓口で起きているが、個人情報保護委員会は「マイナンバーのシステムを管理しているデジタル庁に一義的な責任がある」と追及、書面による調査では十分な回答が得られなかったため、行政の現場に直々に乗り込むことになった。
今後、ITや法務に詳しい専門チームが、マイナンバー制度の実務に携わる職員の聞き取り調査や、システムのログ(記録)の確認などを進めるとみられ、行政指導も視野に入れているという。
21年9月に発足したデジタル庁は、従来の霞が関にはなかった官民混成(官庁出身約500人、民間採用約300人)という異色の官庁だが、それゆえに内部の意思疎通に欠け、他省庁とのコミュニケーションも円滑とはいえない弊害が指摘されている。
デジタル庁は、公金受取口座登録問題のトラブルを国税庁の指摘で2月に把握していたにもかかわらず、庁内で情報共有が行われず、河野デジタル相に報告が上がったのは5月中旬になってからという失態を演じた。
個人情報保護委員会は「ミスが発生する運用体制や組織的な要因を調べていくことが重要」と強調しており、トラブルの主因になった情報管理のあり方だけでなく、こうした杜撰な情報連携にも関心があるとみられる。
■大混乱の発端は河野デジタル相の強行策
マイナンバーをめぐる大混乱は、河野デジタル相が22年10月に突如、24年秋に現行の健康保険証を廃止してマイナンバーカードに一本化する「マイナ保険証」の強行策を打ち出したことに始まる。
「マイナンバーカードはデジタル社会のパスポート」とうたい、国民には2万円分のマイナポイントを提供する「アメ」を配り、自治体にはマイナカードの交付率を地方交付税の算定に反映させる強権の「ムチ」でたたいた結果、マイナンバーカードの交付数は国民の7割にまで拡大。6月2日にはマイナンバーカードの活用拡大に向けた改正マイナンバー法が成立した。
だが、その前後から、マイナンバーを巡るトラブルが続発、収拾がつかない惨状を呈する事態になった。その大半は、「カード普及ありき」で前のめりになった河野デジタル相の現場の事情を顧みない拙速なゴリ押しが主因だった。
ところが、旗振り役の河野デジタル相は、不祥事の責任を、自治体や保険者、システム開発企業などに押しつけ、まるで他人事のように上から目線の発言を連発、「マイナ保険証」の自主返納が急増しても「微々たる数だ。問題はない」と言い放った。
国会で個人情報保護の重要性を質されても、正面から答えようとせず、はぐらかすばかり。記者会見で自らの責任を問われると「マイナンバーカードが普及したおかげで、ミスが判明した」と開き直ったのである。
個人情報の漏洩に対する国民の不安に応えようとする姿勢は、まったく見えなかった。
8月15日になって「けじめをつける」として自身の給与3カ月分の自主返納と続投を発表したが、自身の責任をその程度の軽さと受け止めているのか、とため息が上がった。
持ち前の「突破力」で猛進したものの、守勢に回ったとたんに自己保身に走る姿は、醜悪極まりない。これが「ポスト岸田」に名が上がる有力候補の姿とあっては、泣けてくる。
■「マイナンバーを巡るトラブルはなくならない」
岸田首相は、11月末までにマイナンバーに関わる個別データの総点検を進めるよう指示しているが、予定通りに進むかどうかは不透明で、新たな問題が発覚したり、不祥事が膨らむ可能性もある。
読売新聞の世論調査によると、「政府の総点検でトラブルが解決すると思わない人」は78%にも達している。
全国保険医団体連合会(保団連)は7月、24年秋に現行の保険証が廃止された後に「マイナ保険証」を利用した場合に発生するトラブル件数について、全国約18万施設ある医療機関で、登録データの更新遅れなどから「無効・該当資格なし」と表示されるケースが約72万件、カードリーダーなどの不具合で読み取りができない事態が約53万件発生するとの推計を公表。住江憲勇会長は「マイナ保険証の運用を続ける限り、トラブルはなくならない。いったん運用を停止すべきだ」と訴えた。
また、テレビ朝日の8月15日の報道によると、保険情報とマイナンバーがひもづけされずに利用できない「マイナ保険証」が少なくとも約40万人分あることがわかったという。
時事通信の世論調査では、マイナンバーカードの不祥事をめぐる岸田首相の指導力について「発揮していない」が69%に達し、「発揮している」はわずか8%。河野デジタル相の対応についても「評価しない」が53%に達し、「評価する」は18%にとどまった。
「現場の意見を聞きながら、丁寧に説明する」という岸田首相の意向は、国民にも、自治体にも、医療現場にも、まったく受け入れられていないといえる。
■自民党幹部からも見直しを求める声が上がる
「マイナ保険証」の延期・廃止論は、世論調査では7割にも上り、野党はもちろん自民党からも見直しを求める声が相次いでいる。
自民党内では「国民に不満がある以上、柔軟に対応すべきだ。しばらくはマイナ保険証と現行保険証の選択制にしてもいいのではないか」と、岸田政権の強硬姿勢を問題視する声が大きくなっているところに、党三役の一人である萩生田光一政調会長が「無理に最終的なお尻の時間を切らず、理解してもらう機会を作っていく必要がある」と現行保険証の全面廃止の見直しを求め、世耕広成参院幹事長も「必ずしも来年秋という期限にこだわる必要はない」と続いた。
公明党の山口那津男代表も「政府の対応は明快さを欠いている。一本化のメリットの説明を尽くす必要がある」と苦言を呈した。
主要紙の社説は、「マイナ保険証 メンツにこだわる愚」(朝日新聞)、「健康保険証の廃止 なぜ来秋にこだわるのか」(毎日新聞)、「健康保険証廃止 『撤回』の声なぜ届かぬ」(東京新聞)、「マイナ保険証 国民の不安払拭へ対策を急げ」(読売新聞)、「マイナンバー混乱 河野氏の責任も調査せよ」(産経新聞)と、厳しい論調で一色だ。
にもかかわらず、岸田首相は、現行保険証の24年秋廃止を譲らず、わずかに保険証の代わりとなる「資格確認書」の弾力的運用でお茶を濁す弥縫策を言い出した。だが、この措置は、現行の保険証を残した場合とほとんど変わらないため、痛烈な批判が浴びせられている。
■9月の内閣改造で問われる河野デジタル相の処遇
そもそもマイナンバーカードの取得は任意のはずなのに、保険証機能を持たせた「マイナ保険証」の導入で事実上義務化しようとしたことに、根本的な誤りがあった。
2万円分のポイントにつられてマイナンバーカードを取得した人は少なくなく、決して利便性が期待されてのことではない。だれも使おうとしなければ、役立たずの代物に堕してしまう。
個人情報が丸裸にされることに漠然とした不安を感じる人たちの根っこには、「政府は信用できない」という不信感があり、時の政権の都合の良いように個人情報が利用されないかという不安が拭えない。政府と国民の間に、「政府に個人情報の管理を任せてもいい」という基本的な信頼関係が築けていないことが、「マイナンバー制度」の最大の問題といえる。
河野デジタル相の「暴走力」は、国民的な反発を買い、政権を窮地に追い込んでしまった。
「マイナ保険証」に始まる大混乱は、「マイナ保険証」の全面的な方針転換で鎮めるしかない。9月にも予定される内閣改造で、河野デジタル相の処遇をどうするか、岸田首相の英断が問われている。
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メディア激動研究所 代表
1955年生まれ。名古屋市出身。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。中日新聞社に入社し、東京新聞(中日新聞社東京本社)で、政治部、経済部、編集委員を通じ、主に政治、メディア、情報通信を担当。2005年愛知万博で博覧会協会情報通信部門総編集長を務める。日本大学大学院新聞学研究科でウェブジャーナリズム論の講師。新聞、放送、ネットなどのメディアや、情報通信政策を幅広く研究している。著書に『「ニュース」は生き残るか』(早稲田大学メディア文化研究所編、共著)など。
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(メディア激動研究所 代表 水野 泰志)
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