昼食もままならず…医師警鐘「定時退社、お迎え、夕食、寝かしつけの"逆算時間"を生きる母の自律神経が危機」
プレジデントオンライン / 2024年4月4日 15時15分
■循環器内科に行こうとしていたAさん
こんにちは。産業医の武神です。4月は職場では人事異動や転職、家庭では子供の入学や進学など、公私ともどもの環境変化が多い時期です。
今日はこの時期から産業医面談で増えてくる育休明け社員のメンタルヘルス相談について、産業医面談の事例からその対策の提案も含めてお話ししたいと思います。
数年前、動悸を訴えて産業医面談に来られたのは、その年の4月に育児休暇から復帰したばかりの30代女性社員Aさんでした。
復帰後まもなく、会社でも自宅でも仕事や家事が一区切りついて少し休もうとすると、心臓がバクバクいっていることに気がついたとのことです。もともとマラソンを趣味としているだけあって、体力と心臓には自信があったのにと驚き、循環器内科に行こうと思っているが、仕事と育児に追われて受診する時間がなく、ふと社内メールで見つけた産業医面談に来られたとのことでした。
復帰後の生活をお聞きすると、平日の朝は、8時に子供を保育園に預け出社し仕事開始。お迎えのために17時に退社とのことでした。帰宅後は1歳半の子どもの相手をしながら、ご飯を作って寝かしつけてから、夜には家で仕事を再開。週末は家事と育児と持ち帰りの残業で、家と会社の境目もないような生活が続いているとのことでした。このような生活の中、疲れているからよく眠れているはずなのに、睡眠が上手に取れていないことがわかりました。
■“逆算時間”を生きている人は不調になりやすい
「働くおかあさん」は大変です。
朝起きたら子どもの登園時間から“逆算”して、家を出る時間、朝食の時間、子どもを起こす時間を考える。子どもを園に送り、出社すると今度は、退社時間から“逆算”して日中の業務をせわしなくこなす。友人との優雅なランチタイムなどはなく、退社時間は園のお迎え時間から“逆算”し、5分でも早く退社するために、いつもデスクランチか昼食抜き。そして、子どもと帰宅すれば、明日子どもを起こす時間から“逆算”して寝かしつける時間を計算し、さらにそこから“逆算”して全ての家事育児タスクをこなすといった時間の使い方を指しています。このような人は“逆算時間”を生きている人として、注意が必要です。
このような生活が続くと、仕事量が多い場合はもちろん、時短勤務や業務量の調整など、たとえ周囲に比べ仕事量が多くなくても、次第に心身ともに疲れ果ててメンタル不調になってしまうことがあります。
■自分が悪いのではないか、母親失格ではないかと考えてしまう
Aさんの話は続きます。
疲れて眠れるはずなのに、なかなか寝付けない。寝ても眠りが浅い気がする。その時決まって考えてしまうのは、このまま仕事と育児を両立していけるのだろうかということでした。いずれ子供は小学生となるが、勉強のフォローやPTAや保護者会の参加等々、今の生活プラスアルファの忙しさを思うとやっていけるだろうか不安しか感じないとのこと。結婚前は子供は2人欲しいと夫婦で話し合っていたが、今でこうなのだから、子供が2人になったら、生活が回るとは思えないこと。
ご主人は家事も育児も協力してくれているのに、こんなにいっぱいいっぱいなのは、自分が悪いのではないか、自分は母親失格なのではないかなどと考えてしまう。とにもかくにも、まずはしっかり寝ないといけないのに眠れない。Aさんの思考は負のスパイラルに入ってしまっているようでした。
■「オン」が続くと自律神経が疲労困憊してしまう
会社での仕事モード、いわゆる「オン」の状態と、会社を出た後の「オフ」の状態の切り替えを、多くの人はメリハリとして考えています。
このオン状態は、緊張状態と考えることができます。ときに、職場以外でも気持ちのうえでの緊張状態が続いている人がいます。家事や育児などでせわしない時間を帰宅後も過ごしている人によくみられます。
そうした人たちは、常に精神的な緊張が高く、時間に追われているにもかかわらず、それを自覚していません。このような状態が続くことで自律神経が疲労困憊してしまい潰れてしまうことが少なくありません。
すると次第に、「普通のお母さんはできているのに私はできていない、できないのは私が怠け者だから」と思うようになり、それが続くと、やらなければならないことへの責任感、できないことへの罪悪感が積もり積もって、自責の念にとらわれてしまい、本格的に体調を崩してしまうのです。
■夫婦でお互いに「オフの時間」を設けることを提案
Aさんには、心臓に病気があっては大変ですから、循環器内科の受診をすることを約束していただきましたが、少し、以下のお話もさせていただきました。
おそらく、日中は仕事スイッチがオン、帰宅後は家事育児スイッチがオンの緊張状態が続きすぎていること、この状態が続けば疲れがたまるのも無理はない、その結果が睡眠不足や動悸の原因の可能性があると感じると。決して珍しいパターンではなく、産業医の経験上、育児休暇明けの働くママさんでは比較的よくある症状であることも。
そして、その対策として、仕事の時間、家事育児の時間以外に、自分の時間を確保することを提案しました。おそらくご主人様も似た状況かもしれないので、ご主人と相談し、お互いにオフの時間、つまりは自分の気分転換の時間を設けることを提案しました。
■「親子2人で外出」の日を定期的に作ったBさん夫婦
このような状況に上手に適応した人の事例についてもお伝えしました。
その方(Bさん)は、数年前に同じような状況で産業医面談に来られました。聞いてみると、夫婦ともに仕事と初めての子育てに疲れてはいるが、週末はわが子のためをと思い、土日両方ともいつも親子3人で外出することがほとんどだとのことでした。
そこで産業医からは、いつも3人で遊びに行くのではなく、お母さんと子供、お父さんと子供、親子3人の3パターンで外出は可能なことをお伝えしました。そして、2人での外出の間は、もう1人の親は自由時間とし、その間を自分のオフタイムにすることをお願いしました。
頻度やその時間は、夫婦で相談してもらったところ、Bさん夫婦はまずは、月に1回は、それぞれが子供と週末1日を外出することにし、その間もう一人は自由時間にするようになりました。Bさんはマッサージに行ったり、友人と食事したりし、ご主人は釣りやプロレス観戦にと、昔からの気分転換に時間を使うようになりました。すると2人とも、自分の時間を設けることでその日だけでなく、前後数日の気分がいいこともわかり、今では2週間に1回、それぞれの時間を1日だったり半日だったり設けるようになったとのことでした。
もちろん、子供と2人だけの外出は最初は緊張したようですが、次第に慣れ、また、同世代の子供のいる人と遊びに行くようにもなったとのこと。親子3人での休日もそれはそれでかけがえのない時間だと心から感じることができるようになったというBさんの穏やかな顔が印象的なケースでした。
■仕事が終わらず延長保育を使っていたCさん
一方、Cさんの場合は、違う方法で自分時間を捻出するようにしました。
それまでCさんは、保育園の延長保育を、仕事がどうしても終わらない時に使っていました。しかし、いつもより遅く子供を迎えに行き帰宅した時は仕事でぐったり疲れているのに、子供を寝かせる時間までいつもより時間が短く、余計に神経がピリピリしてしまうとのことでした。イライラしてしまい、子供やご主人にも怒ってしまうことが多かったとのことです。
そこで、産業医の私はCさんに延長保育を仕事が忙しくない時に定時で帰れるときにあえてとってみることを提案しました。そして退社した後は、自分の好きなことで30分から1時間ほど時間をつぶしてみることをお願いしました。どんなことをしたいですかと聞いてみると、スタバでコーヒーを飲みながら雑誌を読んだり、ウインドーショッピングをしたり、ネイルのお手入れに行ったり、マッサージに行ったりといろんなことを思いつくようでした。それを語る顔は、疲労に満ちた顔ではなく、ワクワクした顔でした。
■延長保育をあえて忙しくない日に使ってもらった
数カ月後、Cさんが産業面談にまたいらっしゃいました。その後どう過ごしているか、忙しくない日の延長保育は使っているかを聞いてみました。Cさんは笑顔で、「何回か使ってみた、実際はスタバで雑誌を読んだだけだったが、ゆっくりとお茶を飲んで雑誌を読むなんてかなり久しぶりにできた」とおっしゃっていました。そしてその日は自分がゆっくりできたという満足感と延長保育を仕事ではないのに使ったという少しの罪悪感があり、いつも以上に家で家族に優しくできたと。結果、みんな笑顔で良い時間が過ごせたとおっしゃっていました。
延長保育をこのように使うことにはいろいろな意見はあると思いますが、このような使い方をしてご自身のタイムマネジメント、ストレスマネジメントをしている方を私はそれなりに知っています。
■「1人が自由時間を過ごす休日」を設けることを夫と相談
この2つの事例についてAさんにお伝えしたところ、Aさんも「少し考えてみたい」と面談始めよりは明るい顔をして答えてくれました。
数カ月後、Aさんはもう一度産業医面談に来て心臓の検査では何も異常がなかったことを報告してくれました。前の産業医面談の後にご主人と産業医面談の内容について話し、もう少し子供が大きくなったらいつもそろって過ごしている休日について、親子2人で過ごすパターン、つまり1人が自由時間になるパターンを試してみようということになったそうです。
その後Aさんは産業医面談にはいらしてません。うまく自分の時間を取れるようになり、元気に働いていることを願ってやみません。
政府は3月12日、仕事と育児や介護の両立に関する改正法案を閣議決定し、男性の育休取得率の公表義務の対象を、1000人超の企業から300人超に拡大しました。また、取得率の目標値も100人超の企業は公表が義務となりました。
働く女性が増えてきている中、男性も育児に参加することは当然です。育児休業が増えれば、職場復帰する人も増えます。今日の話は、復帰明けのご家族、誰にでも起こり得ると思います。今日の話が、少しでもお役に立てば光栄です。
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医師
医学博士、日本医師会認定産業医。一般社団法人日本ストレスチェック協会代表理事。ドイツ銀行グループ、BNPパリバ、ムーディーズ、ソシエテジェネラル、アウディジャパン、BMWジャパン、テンプル大学日本校、アプラス、アドビージャパン、Wework Japanといった大手外資系企業を中心に、年間1000件以上の健康相談やストレス・メンタルヘルス相談を実施。働く人の「こころとからだ」の健康管理を手伝う。2014年6月には、一般社団法人日本ストレスチェック協会を設立し、「不安とストレスに上手に対処するための技術」、「落ち込まないための手法」などを説いている。著書に、『職場のストレスが消える コミュニケーションの教科書』や『不安やストレスに悩まされない人が身につけている7つの習慣』『外資系エリート1万人をみてきた産業医が教える メンタルが強い人の習慣』などがある。公式サイト
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(医師 武神 健之)
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