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井上尚弥と戦うネリに告ぐ 日本人は絶対に忘れない、「どす黒い憎悪」が渦巻いた山中戦の国技館

THE ANSWER / 2024年5月6日 6時43分

2018年3月1日の山中慎介戦に勝利し、陣営に肩車されて喜ぶルイス・ネリ【写真:Getty Images】

■6年前のネリ体重超過で抱えた負の感情

 ボクシングの世界スーパーバンタム級(55.3キロ以下)4団体タイトルマッチ12回戦が6日、東京ドームで行われる。5日は都内で前日計量が行われ、4団体統一王者・井上尚弥(大橋)が55.2キロ、元世界2階級制覇王者の挑戦者ルイス・ネリ(メキシコ)が54.8キロで一発クリア。ネリは懸念された計量を突破し、山中慎介戦で大幅な体重超過を犯して以来となる日本での試合を迎える。

 2018年2月28日に起きた、意図的とも捉えられかねない前代未聞の計量失敗。偉大な日本人王者はキャリアの最後を傷つけられ、引退した。ファンや関係者に広がった負の感情は忘れられない。あの場にいた記者が当時を克明に振り返り、井上戦への想いをつづる。(文=THE ANSWER編集部・浜田 洋平)

 ◇ ◇ ◇

 あの怒声は、6年経った今も耳に残る。

「ふざけんな、お前!」

 頬のこけた山中さんが叫んだ。怒りに満ちた目がネリに鋭く突き刺さった。

 午後1時、体重が読み上げられるまで30秒以上かかったネリの計量。学校の教室より少し広い会場は、100人近い関係者でごった返した。「2.3キロオーバー!?」。ざわつきをかき消したのは、事実を知った帝拳ジム・本田明彦会長の声。ただごとではない。山中さんは直後に一発パス。でも、試合は成立しない。カメラに向けて力こぶをつくったが、すぐに表情は崩れていった。

 山中さんは控室へ引き揚げる際、私の真横を通った。片手で顔を覆っていた。涙は隠し切れる量ではなかった。

 この7か月前の2017年8月、12度守ったベルトを奪われた。具志堅用高に並ぶ日本歴代最多の13戦連続防衛を懸けた試合で。しかも、試合後にネリのドーピング違反が発覚。「あれで終わりたくない。ネリを倒す。それしかない」。街を歩いていても、ふと蘇った、あの髭面。再起に人生を懸けた偉大なボクサーの想いが、未曽有のルール違反によってまたも踏みにじられた。

 ネリは2時間後の再計量も1.3キロオーバーで王座剥奪。30分後、山中さんは電話によるメディアの代表取材に応じた。

「本当に悔しかった。両者万全でやりたかった」

 受話器から聞こえる声はもう、いつもの穏やかなものだった。報道陣が昼食を取った計量会場のホテル。ちょうど山中さんも陣営と席を立つところだった。「じゃあ、明日」と柔らかくこちらに挨拶をしてくれたが、その背中はどこか力なく感じた。

 2.3キロ。数十グラム単位で体重を管理するボクサーにとって、ありえない数字だった。ネリ陣営は減量終盤に体内の水分を一気に出す「水抜き」に失敗したと主張。しかし、試合までの練習を見ていた日本の関係者によると、サウナスーツなどを着ることもなく、汗をかく姿勢を感じられなかったという。意図的な超過を疑われても仕方ない。

 計量失敗後、机に突っ伏してうなだれるネリの姿はしらじらしかった。

 急きょ、ネリにだけ義務付けられた試合当日の計量。規定をクリアした後、チーズケーキ片手に「俺は体をつくった」と言い放ったことに愕然とした。決行された試合。リングに広がったのは、もっと信じがたい光景だった。


ネリ戦後に控室で引退を表明した山中氏(左)、右は帝拳ジム・浜田剛史代表【写真:産経ビジュアル】

■試合後に狂喜乱舞するネリと陣営、なぜ……

 真っ黒な両国国技館の天井。目に見えないはずの憎悪が、リングの上に重く、どす黒く渦巻いていた。セミファイナルで勝利した岩佐亮佑も物々しい空気を感じていた。

「国民が『あいつを絶対に倒せ』という雰囲気。山中さんのために応援団がヒリヒリしていた」

 メインイベントは入場からネリへの罵声が殺到。「偽物王者!」。8500人の四面楚歌。殺意に似た怒りがぶつけられた。

 山中さんが無念を晴らし、王座に返り咲いてほしい。その思いで見守ったが、4度のダウンを奪われる2回1分3秒のKO負け。沈黙した会場にネリ陣営の奇声だけが響く。リングでメキシコ国旗が揺れた。肩車され、狂喜乱舞するネリが理解できなかった。

 

 なぜ、喜べるのか。

 

「俺は無敗を守った。ヤマナカから恐怖が見て取れた。だから、容赦なくパンチを打ち続けた」

 

 静まり返った国技館の地下通路は、非常口を示す緑の光しかない。闇の中からむせび泣く後援会の女性の声が響いていた。長年、山中さんを取材してきたベテラン記者も涙を拭っていた。「こんなの、あんまりだよ……」

 控室で行われた会見。日本の名王者はグラブを吊るした。「これがもう、最後ですよ。これで終わりです」。目を腫らした神の左。穏やかな口調とは対照的に、帝拳陣営も、報道陣もやるせなさに満ちていた。

 控室の前にいた村田諒太は怒っていた。山中さんとは南京都高(現・京都廣学館高)と帝拳ジムで後輩。「体重が重い相手と試合をするのは僕だって怖い。でも、逃げるわけにはいかない中で戦った山中先輩はカッコ良かった」。感情的になり、記者たちに向かって喧嘩越しのようにまくし立てた。

「確かに山中先輩は減量がきつかったし、耐久力は落ちていた。でも、相手は1階級上の選手ですよ。ドーピングもそうだけど、ルールを厳正化しないとダメ。二度と(試合を)できないとか。そうしないと、どうやったってしこりが残る。民事訴訟を起こせるくらいにしないと。賠償責任を負わせるとかね。そこまでやらないと変な流れになる」

 山中さんが目に入った途端、涙を堪えながら挨拶していた。

 ネリがベルトの代わりにファイトマネーを持ち帰って6年。一度受けた処分が解除され、再び日本に戻ってきた。2024年5月6日、舞台は東京ドーム。迎え撃つのは世界のボクシング史に名を残す、日本の国民的ヒーローだ。


井上戦の前日計量をパスし、ドヤ顔を見せたネリ【写真:高橋学】

■ネリには一つだけ知っておいてほしい

 あのマイク・タイソン以来、34年ぶりの東京ドームボクシング興行。3月の試合発表時、井上は「今回は自分対ネリ。過去の因縁は持ち込まない」と言った。会見場で山中さんと再会したネリは直接謝罪。山中さんも「良い試合を期待しています」とエールを送った。

 当人たちは水に流した。とはいえ、外野も簡単に清算できるのか。過去はもう変えられない。確かに井上には関係ないし、無用なプレッシャーを背負ってほしくない。そんなことはわかっていても、今日ばかりはあの時の感情を託しながら見守らせてはくれないか。

 あの頃と変わらない髭を蓄えたネリは計量をパスし、胸を張った。だが、そもそもルールを守るのは当たり前。多額の報酬を受け取ったこの先は自由だ。ただ、ボクシングを冒涜した彼には一つだけでいいから知っておいてほしい。

 

 日本人は、あの憎しみを忘れない。

 

≪ネリの復帰過程≫
 2017年8月に山中慎介からWBC世界バンタム級王座を奪取した後、薬物検査で陽性反応が出た。意図的摂取ではないことから王座剥奪なとWBCの制裁はなし。再戦が命じられ、18年3月には2.3キロの大幅な体重超過で王座を剥奪された。日本ボクシングコミッション(JBC)から国内のライセンス無期限停止処分を受けた。

 日本では試合ができない事実上の永久追放。しかし、海外でリング復帰し、20年9月にスーパーバンタム級で世界2階級制覇した。以降、JBCの規定改定で処分から3年が経てば資格回復の申請が可能に。今年2月、ネリと陣営はJBCに謝罪と資格回復を求める書面を提出。慎重に検討された結果、規定に基づき、処分が解除された。(THE ANSWER編集部・浜田 洋平 / Yohei Hamada)

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