1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. ライフ
  4. ライフ総合

冷戦が「欧州中心の近代科学史」をもたらした理由 政治的に都合良く語られてきた科学発展の歴史

東洋経済オンライン / 2023年12月12日 10時0分

そのため、近代科学はヨーロッパで発明されたという作り話は、西ヨーロッパやアメリカ合衆国の指導者にとって都合が良かった。市民たちが、歴史の正しい側にいるのは自分たちで、自分たちが科学技術の進歩を担っているのだと思い込んでくれることが何よりも大事だった。

このような科学史はまた、植民地から独立した世界中の国々に資本主義の道を歩ませて、共産主義を排除させるようにもできていた。

冷戦期、アメリカ合衆国は対外援助に何百億ドルも費やして、アジアやアフリカ、ラテンアメリカの国々に自由市場経済と科学の発展をセットで売り込んだ。ソ連の進める対外援助計画に対抗するためだった。

「西洋科学」と「市場経済」の組み合わせがまさしく経済的な「奇跡」を約束する、とアメリカの政策立案者は説いたのだ。

皮肉なことにソ連の歴史家も、近代科学の起源に関してこれとほぼ同じストーリーを後押しする結果となった。

ロシア皇帝のもとで活躍したかつてのロシア人科学者の功績を無視して、共産主義政権下での科学の華々しい発展を売り込もうとしたのだ。

1933年にソビエト科学アカデミーの会長は、「20世紀までロシアに物理学はいっさい存在していなかった」と述べた。のちほど見ていくとおり、それは間違っている。

18世紀初頭にはピョートル大帝のもとで重要な天文観測が何度もおこなわれたし、19世紀にはロシア人物理学者が電波技術の発展において鍵となる役割を果たした。

確かにのちのソ連の歴史家の中には、ロシア人によるかつての科学的成果に光を当てようとする人もいた。

しかし少なくとも20世紀前半には、旧体制下で成し遂げられたことよりも、共産主義政権下でおこなわれた革命的進歩を重視するほうがはるかに重要だった。

中世や古代の功績だけに注目する理由

アジアや中東では少々違った経緯をたどったものの、最終的には似たような結果に至った。

冷戦期は脱植民地化の時代でもあり、数多くの国がヨーロッパの宗主国からの独立を果たした。インドやエジプトなどの政治指導者は、国家の新たなアイデンティティを是が非でも築きたかった。

そこで古代に目を向けた。中世や古代の科学思索家の功績を称え、植民地時代の出来事はおおかた無視したのだ。

イスラムやヒンドゥーの「黄金時代」という考え方が、19世紀のヨーロッパと同じように中東やアジアに広まりはじめたのは、実はこの1950年代のことである。インドやエジプトの歴史家は、輝かしい過去の科学が再発見されるのが待たれていたという考え方に飛びついた。

そうして、ヨーロッパやアメリカの歴史家が押しつける作り話を図らずも後押しすることとなった。近代科学は西洋のもので、古代の科学は東洋のものである。そう人々は聞かされたのだ。

冷戦は終わったものの、科学の歴史はいまだに過去にとらわれている。近代科学はヨーロッパで発明されたという考え方は、現代史の中でももっとも広く流布する神話の一つとして、一般向けの歴史書から専門の教科書にまで残されている。しかしそれを裏付ける証拠はほとんどない。

(翻訳:水谷淳)

ジェイムズ・ポスケット:ウォーリック大学准教授

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください